第11章  彼に似た人 

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第11章  彼に似た人 

2日後、朝から事務所開きに向けての準備に追われながら、面接の10時を向かえた。 「 さて、岩橋さん、始めましょうか。最初の人に入ってもらって下さい 」 「 かしこまりました……時田DR。」 「 あら!」 朝から一緒に居たにも拘わらず、岩橋が初めて披露したその呼び名に、遥子は即座に反応した。 「 DR ……ディレクターの略ね?考えたわね、素敵な呼び方!社長とか代表なんかよりよっぽどお洒落じゃない 」 「 ありがとうございます。先日頂いた宿題の答えですが、気に入って頂けましたでしょうか?」 控えめに、表情を崩すことなく岩橋は尋ねた。 「 とっても!決まりね、ありがとう。」 「 とんでもございません、採用してくださってありがとうございます。では、あらためて、お呼びしますね 」 「 お願いします。」 岩橋に呼ばれ、事務所外の廊下の椅子で待っていた一番目の面接希望者が入室した。 「 失礼します!本日は、よろしくお願い致します!」 よく通る声の若者が元気に深々と頭を下げた。 「 ………こんにちは。どうぞ、お座りください 」 彼が顔を上げた瞬間、一瞬息が止まっただけで、取り乱すほど驚いたわけではない。 面接者を席に促し、遥子の隣りに異動する岩橋に気づかれるほど、動揺したわけでもない。 ただ、その元気に挨拶をして目の前の椅子に座った若者に、内心、遥子は息を呑んで固まった。 背格好は、違う。 そこまで長身じゃない。 声も、それほど低くはない。 だが、顔がとてもよく似ていた。 あの、江上龍也に。 無意識にまじまじと見つめてしまっていたのだろう。 「 あの、何か気掛かりな事でもありますか?」 目の前の彼が不思議そうに尋ねた。 遥子は、内心自分を叱りつけ、事務的に微笑んだ。 「 いえ、失礼しました、何でもありません。」 手元の履歴書をあらためて眺める。 今朝からバタバタして、履歴書の確認を怠った事を悔やんだ。 だが、履歴書に張り付けてある写真はそれ程似てはいない。 年齢は27歳。江上に出会った頃の年齢に近い。 遥子はそこで一旦目を固く閉じた。 そうじゃない!そこじゃない! 気にするのは、彼がことじゃない! 「 えぇと……お名前は、土門(どもん)さんですね?」 「 はい、土門(どもん)駿平(しゅんぺい)といいます。」 そう言ってクシャっと笑った顔に、またもや遥子の胸はざわついたが、無視を決め込む。 皮肉なことに、土門の経歴は申し分なかった。 都内の芸大出身、それも写真学科を専攻している。 卒業後、スタジオのカメラマンアシスタントとして三年勤め、その後タウン誌などを扱う小規模ではあるが、情報会社で二年勤務。 「 ここに書かれている経歴によると、カメラマンを目指していらっしゃったんですか?」 履歴書から目を離さずに尋ねる。 「 はい、最初は。ですが、三年アシスタントとして勤めましたが、自分の中で何か違和感があり、転職しました 」 「 写真学科を四年も専攻していたのに、ですか?」 「 いけませんか?写真学科を専攻していたら、絶対カメラマンになるべきですか?」 そのきっぱりとした言い方に、遥子は思わず彼を見た。 「 いえ、そうではありませんが…… 」 真っ直ぐにこちらを見つめる眼差しにぶつかり、遥子は慌てて履歴書に視線を戻した。 「 その後、情報誌の会社で二年とありますが、こちらでもカメラマンを?」 「 もちろん、写真も担当しましたが、編集の仕事も学びました 」 「 お辞めになった理由をお聞きしても?それと、うちに応募された動機も聞かせて下さい 」 本来は、なるべくにこやかに面接を進め、相手の動機の核を探るのだが、遥子の言葉は淡々とした事務的な口調になってしまっていた。 「 不満があったわけではないのですが、情報誌、タウン誌だけではなく、出版業をもっと深追いしたくなりました。こちらを志望したのは、本作りを一から始めるというところにとても惹かれました。物作りを最初から関われるというところに、特に挑戦したいと思いました。」 まずまず、ほぼ完璧な答えだった。 遥子が望んでいた条件は全て揃っている。 なんなら、こちらから頼みたい位の人材だ。 なのに、遥子はそこで面接を終わらせようとした。 「 ……わかりました、参考にさせて頂きます。合否は郵送にてお送りします。採用させて頂く場合のみ、担当から直接お電話にてご連絡させて頂きます。本日は御足労ありがとうございました。」 横でメモを取っていた岩橋が、流石に驚いたように遥子を見た。 何より、驚いたのは遥子の目の前の土門だった。 「 ちょっと待って下さい!これで終わりですか!?」 履歴書を見たままだった遥子は、渋々顔を上げた。 「 はい、そうなります。」 「 僕は、まだ名前と志望動機しか言っていません。職歴の細かい情報とか、経験値とか、そういうことを聞かないんですか?」 痛いところを突かれた。 彼の言う通り、こんなのは面接とは言わない。 経歴や経験値から採用の可能性が無かったとしても、もう少しあれこれ聞くのが普通だろう。 ましてや彼には編集の経験があるのだから。 ただ、これ以上彼の顔を見ていたくない…… 昔、愛していた男にとても似ているから。 もはや完全に個人的な感情だけの理由だった。 「 ひとつ、お聞きしてもいいですか?なぜ、面接に僕を呼んだんですか?経歴だけでの判断なら、書類審査でよかったんじゃないですか?」 言葉を探していた遥子に、きっぱりとした土門の声が響いた。 彼を見ると、その表情に怒りは感じ取れないが、凛とした意志の強さを感じた。 遥子は、しばし考え込んだ。 今、最優先させないといけないのは事務所の代表としてだけだ。 ましてや、これは面接なのだ。 この青年がどんな容姿であろうと、誰に似ていようと、そんなことは後で考えるべきだ。 遥子は、口元をぐっと引き締めると心を決めて小さく頷いた。 「 土門さんの仰る通りです、申し分ありませんでした。あらためて、面接の続きをさせて貰ってもかまいませんか?」 土門は少し黙って遥子を見つめた。 遥子は、もう視線を逸らすことなくこの事務所の代表としての威厳を持って見つめ返した。 「 正直に言って、この流れでの続行は、本意ではありません。ですが、このまま帰るのも本意ではないです。ここの仲間として仕事をしたい気持ちに変わりはないので。」 非の打ち所がない答えだった。 面接でも下手に出ることなく、こちらの落ち度はハッキリと意見する。 良い若者だと思う。 なのに……そういう忌憚のないところも似ているのだと、苦々しく思う遥子だった。 あらためて質問を続け、土門のこれまでの経験値、編集や校閲、グラフィックへの関わり方などを聞き、面接は無事に終わり、彼は気持ちの良い挨拶を残して帰っていった。 その日予定していたもう一人の面接者は、営業職からの転職希望者だった。 家電量販店での営業と販売促進を七年やっていたが、無類の本好きで、本の制作や販売に携わる仕事に就くことが学生の頃からの夢なのだと熱く語って帰っていった。
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