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第17章 亡霊退治 ①
白岡との会食は、打ち合わせの三回に一回は食事に誘われ続けての実現だった。
気持ちよくスムーズに書いて貰うためには、こういうことも必要で、以前は作家への営業で接待場所を増やしている時もあった。
本日は、白岡御贔屓の日本食レストランだった。
「 いやぁ、美味しい物は誰かと一緒だと倍増ですねぇ!」
いつものようなラフな格好とは一転して、カチッとしたスーツできめた白岡は、お酒も入って上機嫌だった。
「 こちらこそ、こんな特別なお店に御一緒させて頂いて、ありがとうございます。」
「 何回もしつこく誘って気を悪くされたでしょう?」
白岡はちょっとすまなさそうな笑みで頭を掻いた。
「 とんでもない!本当ならこちらからお誘いさせていただかないといけませんでしたのに……なんせ、事務所を構えたばかりで予定のやり繰りが上手く出来ませんで、申し訳ありません。」
遥子が正直に打ち明け、頭を下げると白岡がちょっと意味ありげに眉を上げた。
「 これは私のモットーみたいなものでしてね……初めてお仕事する方とは必ずお食事をするという。」
「 親睦を図るといった意味でですか?」
「 もちろん、それが大前提です。仕事場では仕事以外の話は殆どしない空間になってしまいますからねぇ 」
白岡は、そこでグラスの冷酒を口に運んだ。
「 食事は、ある意味その人の本質的なものが見れるというのも私個人的な考えでして。」
遥子も冷酒を一口飲み、微笑む。
「 それで……私は、合格でしたか?」
「 そうですね、ガードは完璧……といったところですかね?」
ガードと言われて、遥子は苦笑いするしかなかった。
「 ……努力します。」
「 いえ、それも一つの才能ですよ。貴女が優秀で仕事において誠実な方なのは、十分わかりました。今後は、私の書く物が貴女のガードを崩せるように頑張ればいいわけですからね。」
「 とても楽しみに期待しております。」
遥子はそう言いながら、クスっと笑った。
作家というのは、それぞれに独特の感性と表現があって、それを肌で感じる時にこの仕事の面白さを実感する。
ある意味、これが白岡の宣戦布告でもあり、彼が本気モードに入る為のスイッチなのかもしれない。
「 今度は、土門君も一緒にどうですか?彼の選ぶ資料や写真はとても興味深い。私が頼む物の少し上をいく感じがとても面白くて、毎回ちょっと楽しみなんですよ。」
やはり、土門の評価はここでも高い。
遥子は頷きながら笑った。
「 ここしばらく、直接先生のお手伝いが出来なくて拗ねておりましたので、とても喜びます。資料の件も、伝えれば尚更張りきりますよ!」
「 いい意味でプレッシャーになればいいんですがね 」
「 そういうことなら、お任せ下さい。仕向けるのは得意ですから。」
遥子の強い笑みに白岡は、でしょうね、と苦笑で答えた。
白岡をタクシーに乗せ、御礼を告げ丁寧に見送ると、遥子もタクシーをつかまえた。
さほど酔ってはいないものの、連日の激務でクタクタだった。
中野の自宅の住所を告げ、ぼんやり外を眺める。
静岡から上京して、15年以上になる。
夢の為、仕事の為、生きる為に暮らしてきたこの街が遥子は好きだった。
人が溢れビルが溢れ、多くの雑多な物がぎゅっと詰まったこの街が性に合っていた。
新宿に入り、事務所があるビルが前方に見えたとき、明かりが点いていることに思わず腕時計を確認しながらシートから体を起こした。
「 運転手さん!すみません、停めて貰えますか!」
遥子に言われて運転手は咄嗟にハザードを点けながら数メートル先のガードレールに寄せて停めた。
タクシーから降りてあらためて見上げると、やはり間違いなくうちの事務所の明かりだった。
遥子は運転手にここで降りたいと告げ、料金を払うとビルに向かう。
もう12時に近い。
こんな時間に事務所の電気が点いているはずはない。
誰かが残業して、消し忘れたのか?
それも考えにくいが……
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