第19章  亡霊の正体

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第19章  亡霊の正体

たった一度の会食だったが、あれを切っ掛けに白岡の筆は乗り出し、色々な事を考慮して、三回に一回は土門も同行するようにした。 構成の打ち合わせや、意見出しは遥子が全般に引き受けたが、白岡は時々土門の意見も求めた。 土門の意見は時に白岡の感性を刺激するらしく、そうなると彼を同行させることが必然的に増えた。 ある時、土門と二人、白岡の仕事場で作業の合間の休憩中に、白岡がとんでもない話を始めた。 「 今度、時田さんの古巣の冬影社さんで短編の読み切りを書かせて貰うことになりましてね。」 「 それはおめでとうございます!ますますのご活躍ですね。」 にこやかに遥子が笑うと、 「 冬影社の担当さんからお聞きしたんですが……あの江上龍也君を発掘して育てたのが時田さんって本当ですか?」 まさかの予想外の問いかけに、遥子は一瞬答えを失う。 「 冬影社の文芸部では伝説になっているとか 」 白岡が興味津々に続ける。 「………そんなこともありましたね。でも、伝説だなんてそんな大袈裟な事ではないですよ 」 苦笑いと共にどこか消極的な言い方になった遥子を土門が不思議そうに見た。 「 ご謙遜を。全くの素人をコラムニストに育て、最終的には人気作家にまでしたんですから、貴女の手腕がわかるというものです。時田さんが退社されるまでずっと専属だったとか……何年くらい組まれていたんですか?」 この話はどこまで続くのだろうか……内心うんざりしながらも、遥子は淡々と答えることに徹した。 「 何年ですかね……五、六年だったでしょうか。なにせあの当時は、同時に三人掛け持ちしていたりもしたんで、殆ど記憶に残ってないんです。」 「 現場の真っ只中の人間はそんな感じなのかもしれませんね。貴女が過去の栄光を振りかざすような人だとは思っていませんでしたがね。」 白岡は、納得顔で頷いてくれた。 遥子は、ここぞとばかりに 「 私は過去より未来を目指すタイプですので……今は先生の作品に夢中です。ミステリー大賞など狙われてはいかがですか?」 遥子の誘いに白岡は、大笑いした。 「 いやぁ!休憩中でも尻を叩かれるとは!」 遥子もふふふと笑う。 「 先生、叩くなんて!これでも背中を目一杯押させて頂いてるつもりですのに!」 ようやくその話題から切り抜けられたと安堵していたところで、再びでかい爆弾を落とされる。 「 参考までに……それだけ長く組んでいたら、ロマンスの一つも生まれなかったんですか?」 遥子はわからないように浅く息を吐いてから、微笑んだ。 「 編集者と作家の現場は常に戦場みたいなものですから、ロマンスなんて無縁ですよ。私はどちらかというと、書き手より作品の方に夢中になってしまうので…… 」 こちらをじっと見ている土門の視線も意識しながら、顔が引き吊っていないことを願った。 まだ何かを言いたそうにしていた白岡だったが、遥子が話を切り上げた。 「 先生、そろそろ再開しませんか?今の勢いなら、ミステリー大賞も夢ではありませんよ!」 「 先生!ミステリー大賞受賞の暁には、取材の写真は僕に撮らせて下さいね!」 土門がカメラを構えるゼスチャーをして追い打ちをかけると、白岡は大袈裟に耳を塞いだ。 「 二人で追い込むとは!とんでもないスパルタ編集者に依頼をしてしまったかもしれないなぁ…… 」 とりあえず、その場は笑いに包まれた。 その日、白岡の筆の滑りは順調で、予定通りに仕上がった。 土門は、次回までに揃える資料を纏める作業にとりかかるよう遥子から指示を受け、先に事務所に帰った。 事務所に着くなり、土門はパソコンを開いて真っ先に検索をする。 “ 江上龍也 ”………作品名、ウィキペディア、取材記事、画像…… 「 ーーー ヒット!白岡先生ナイス情報!」 その数少ない画像を目にした途端に、土門の表情はみるみるうちにこわばった。 自分で見てもわかるほど、画面に表れた画像は自分に似ていた。 「……亡霊…発見……」 経歴を読み込むと、デビューは八年前となっている。 先程の話では、遥子は五、六年だったと濁していた。だが、白岡の言っていた “ 辞めるまで ” というのが事実なら嘘になる。 江上は、既婚者で、昨年結婚となっていた。 関連記事を引っ張ると、その当時の担当編集者との結婚を発表している。 土門は自分の知り得る情報の中で、時系列を整理してみたが、空白の時間が多すぎて上手く並べられないことに気付く。 だいたい、遥子がいつ冬影社を辞めたのかも知らない。 独立するにあたってどのくらいの月日を要したのかも。 今わかっていることは、遥子が江上龍也なる作家を発掘、長年に渡り育て上げ、世に出したという事実。 その江上に自分の顔がとても似ているという事実。 そして、何より遥子が彼に似ている自分を見ることを嫌悪し、苦手としている事実。 おそらくは……江上との間に何かしらのことがあって、それを今も亡霊として引きずっているという……これは、憶測。 「 聞いたとしても……言うわけないよなぁ……」 土門は検索画面を閉じると、椅子の背もたれにドカッと寄りかかり、天を仰ぐようにして目を閉じた。 土門を先に事務所に帰し、自分は他の契約先にテキストデータを持参しての帰り道、遥子は白岡から落とされた爆弾話を思い出していた。 冬影社の元同僚がどんな情報を流したのかはわからないが、独立したての自分を応援する意味での事だったには違いなかった。 だが、要らぬ情報だったなと思う。 ましてや、土門の前で江上の話はしたくなかった。 あの残業中のビンタ事件の夜以来、土門は一定の距離を空けて接してくれている気がする。 優秀なアシスタントに徹して同行し、事務所でも健さんに負けないくらいの仕事量をこなしてくれている。 お陰で楽に仕事が出来ていた。 彼の顔もだいぶ見慣れてきたし、彼と一緒に過ごす時間にも苦手意識はかなり薄れてきた。 あの時、間近で見た彼の顔は江上に似ているというより、土門の顔が自分の中に焼きついたという印象だった。 土門は土門、徐々にそういう認識が生まれていることを感じていた。 これが彼の言う “ 亡霊退治 ” なのだとしたら……成功なのかな、と思わず笑みが漏れた遥子だった。
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