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第20章 バイクの後ろ
「 時田DR!!ヤバそうです!」
午前中から白岡の元へ行く予定の朝、土門が遥子の部屋に飛び込んできた。
「 な、何事なの!?」
ただならぬ様子の土門に遥子は立ち上がった。
「 たった今、ネットニュース速報で山手線で大きな人身事故があったみたいです!」
土門は手にしていたタブレットでニュースを見せた。
一般からの投稿された画像が映し出されていて、小型トラックと乗用車が線路内で衝突しているものだった。山手線全線と関連の線もストップしているらしい。
「 うわぁ……これはまずいわねぇ…… 」
岩橋も心配そうに入ってきた。
「 電車は使えそうにないですね。かといってタクシーもすでに手配が難しそうです…… 」
こういう事故が起こると人口過多の東京は直ちに混乱する。
何万人もの人が行き場を失いバス、タクシーに押し寄せるのだ。
そろそろ脱稿も近付いてきているクライマックスに、遅刻はともかく欠席だけは有り得ない。
すると土門がニンマリと笑い、眉を上げて両手でバイクのハンドルを持つ真似をした。
「 こういう事態にこそ、バイクですよ!」
遥子は一瞬苦虫を噛み潰したように顔をしかめたが、思い直す。
「 ……仕方ないわね。緊急事態といえばそうだし…… 」
途端にヒュー!という口笛と共に土門が親指を立て、
「 すぐに準備します!」
と言って部屋を飛び出した。
土門のあまりの上機嫌に、岩橋が目を丸くした。
「 そんなにバイクで行きたかったんですかねぇ?」
「 らしいわね。あ、岩橋女史、白岡先生に私達が出たら連絡を入れて事情を説明しておいてくれる?」
「 了解しました。土門君を信用しないわけではないですが……大丈夫ですか?」
岩橋の心配そうな言葉に遥子も苦笑いで答える。
「 彼がどのくらいの運転技術なのか、私も知らないわ。でも、こんな事情じゃ乗らざるを得ないしね 」
下に降りて外に出ると、ビル横の駐車場に向かう。
8台程停められる駐車場の一角に駐輪場があり、土門がそこから愛車をこちらに押し歩いて来る。
深い紺色のバイクだった。
手入れが行き届いているらしく、ピカピカに輝いてるのがなんとなく彼らしかった。
「 どうです?僕の相棒!」
「 どうって聞かれても……私、バイクの知識が無いのよ。でも大きいわね、何CCあるの?」
「 400です。はい、メット。」
黒いヘルメットを受け取り、肩より少し長いウェーブのかかった髪を揺すって後ろに纏めると顔を少し前に倒しゆっくり被る。
「 ーー バイク初めてですか?」
「 そうよ、ちゃんと被れてる?」
土門は頭のてっぺんから爪先まで眺め、目を丸くして微笑む。
「 カッコいいですよ!ライダースーツ着せたい!」
「 着ないわよ!いいから早く出発するわよ!」
遥子は軽く睨む真似をしながら急かせた。
足をかけるところを教えてもらいながら股がる。
生まれて初めて乗るバイクの後ろに、居心地の悪さを感じながらどこに掴まればいいのか分からずに土門が座るシートの後ろを両手で掴んでみる。
「 何してるんですか?振り落とされるつもりですか?」
土門が体を起こしてメット越しに振り返る。
「 何って……初めてなんだから、掴まり方がわからないのよ…… 」
土門が笑いながら後ろ手に遥子の両手を掴むと、ぐいっと引っ張り自分の腰に回させた。
「 バイクは、こうですよ。死んでも離しちゃ駄目ですよ!」
土門に後ろからピタッと抱きつく形になり、遥子は心拍が跳ね上がった。
「 こ、こんなに掴まらないといけないの?」
「走り出したらわかりますよ。体ごと後ろに持っていかれるから嫌でも僕に抱きつくことになるんでね!」
そういうものなのか?と疑問視しながらも、遥子は言われた通りに回した腕に力を入れた。
ボタンダウンシャツ越しでも彼の筋肉質な背中がわかった。
まぁまぁな音量のエンジン音と共にバイク全体が振動する。
昔、遊園地で絶叫マシンに乗った時の緊張感に似ている。
「 なんか、すげぇ幸せです!」
土門が誰に言うともなく大きな声を出した。
遥子は妙な緊張感とドキドキ感で赤くなった。
「 ……バカ!早く出発する!」
土門の選択は正しかった。
いつもより溢れかえるかなりの渋滞の流れの中を、バイクなら間をすり抜けて進めた。
走り始めるとなぜしっかり掴まらないといけないのかも、身をもって知った。
スピードが出れば出るほど体が後ろへ引き離される様なGを受け必然的に土門の背中に抱きつく形になってしまう。
土門の背中の温もりと微かなコロンの香りは、決して嫌ではなかった。
むしろ妙な安心感のようなものに包まれた。
彼の運転は、荒くはなく、正確で丁寧だった。
無理な車と車のすり抜けはせず、だが確実に車を抜き去り渋滞をかわした。
約束の時間よりは多少遅れたものの、この突発的な状況を踏まえてなら許容範囲だった。
「 どうでした?バイク。」
土門が遥子からメットを受け取りながら得意気に聞いた。
「 それは、初めてバイクに乗った感想?それとも貴方の運転技術に対する感想?」
いつものニンマリ顔で土門は
「 当然、両方共に決まってるじゃないですか!」
遥子は同じようなニンマリ顔で
「 それは後でね。白岡先生をこれ以上お待たせ出来ないから。」
そう言って鞄を肩にかけ直してバイクから歩き始めると、土門の不満げなため息が聞こえてきた。
「 バイクのお礼に後でお昼奢るわ!だから早く来る!」
前を向いたままそう投げると、土門が口笛吹きながらダッシュしてくる気配を感じて、遥子はクスクス笑った。
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