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第32章 距離感 ①
あの告白の夜以来、土門との関係がなんとなくぎごちなくなった。
もちろん、仕事場では代表者と従業員の関係なので、何ら変わりはなかったが……
以前とは明らかに違うことを遥子は感じ取り、酷くやりきれない思いだった。
土門は、相変わらず事務所のムードメーカーでもあり、どんどん仕事を吸収していく成長株でもある。
だが、以前のように遥子にまとわりつくことをしなくなった。
いきなり距離感を詰め、遥子を慌てさせることも鳴りを潜めている。
遥子は、傷ついていた。
彼を好きだと告白をして、過去を告白して、この距離感を取られたのだから。
簡単に彼を受け入れ、心を許したことを悔やんだ。
再び誰かに想いを抱いたことを酷く悔やんだ。
そしてその悔やみは、遥子から笑顔を奪っていった。
そんなある日、長谷部が事務所を訪れた。
「 時田DR、長谷部さんがお見えですが、約束されていましたか?」
岩橋にそう声をかけられて、遥子は驚いた。
「 長谷部さんが!?いえ、連絡は貰ってなかったけど……」
遥子は急いで隣の部屋に移動すると、長谷部がソファ前のテーブルに茶色い包み紙の束を置いていた。
「 長谷部さん!どうされました?」
「 あ!おはようございます。すみません、突然押し掛けて!いち早くお届けしたくて来てしまいました。」
長谷部は、コートも脱がずにその茶色い包み紙を開き、中から本を取り出した。
「 白岡 類の初版が出来上がったんで、持参しました。」
長谷部が遥子に見せるために差し出した瞬間、部屋がどよめいた。
事務所最初の大きな仕事が形になって出来上がってきたのだ。
遥子は、満面の笑みで長谷部から本を受け取った。
出版元では無いにしても、編集者としてはこの瞬間が、感無量なのだ。
「 何度経験しても、いいですね、この瞬間…… 」
遥子が満足そうに本を眺めると、長谷部もにっこり笑った。
「 編集者だけが味わえる達成感です。」
遥子は、テーブルにあった残りの本を皆に配った。
「 健さん、久しぶりの大仕事、お疲れ様でした。」
「 ありがとう。久しぶりだよ、この感覚…… 」
いつも冷静な桂木も、手渡された本を見ながらさすがにくすぐったそうに微笑んだ。
「 …… はい、土門君。初仕事の記念になるわ。」
「 ありがとうございます!」
土門は、表紙も苦労して仕上げたこともあって渡された本を表や裏やとひっくり返しながら嬉しそうに眺めた。
岩橋にも差し出すと、彼女はちょっと遠慮がちに受け取った。
「 女史も、お疲れ様でした。棚を作品でいっぱいにするわよ!」
「……はい!お手伝いさせていただきます。」
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