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第34章 土門の決心
土門は、今、動かなければ何よりもかけがえのない大切なものを失ってしまうという自らの直感に従って、行動に出た。
いつの時も、自分の直感を信じてきた。
大学へ進学する時も、写真を専攻した時も、カメラマンを目指したにも拘わらず方向転換した時も、フリー雑誌の仕事を辞める時も。
そして、エディットTへの就職を決めた時も。
面接の時、遥子と初めて対面した時も、土門の直感の言葉は、「見つけた!」だった。
ひとめ惚れというのとは少し違う感覚だった。
この人と一緒に居るべきだと思った。
明確な理由は無かったが、この人の元で仕事をし、この人と共に歩きたいと、直感で感じたのだ。
「 貴方が私を傷つけた!」
遥子の一言に、心をえぐられた。
誰に何を言われるより、衝撃だった。
傷つけた自覚が全く無かったからだ。
遥子の過去を聞いた夜から、激しい怒りに心が占領された。
彼女の当時のすべての感情が一気に流れ込んできた。
悲しみ、悔しさ、惨めさ、恨み、怒り………それら経験したことのない感情に巻き込まれ、溺れそうな感覚に陥った。
それなのに、遥子は許せないのは自分だと言った。
どんな復讐をしたのかはわからず仕舞いだったが、それを許されたのだと言った。
遥子の話は、悪いのはすべて私だと言っているように聞こえた。
有り得なかった。
到底、理解に苦しんだ。
長い月日、江上を支え、救い、想ってきただけではないか?
その彼女を傷つけ、追いこみ、狂わせたのは彼らだ。
なぜ、許されなければならない?
彼らが床に這いつくばって許しを乞うことはあっても、なぜ遥子が許される側なのだ?
土門の思考は完全にそこで停止した。
この数日間、怒りの感情が収まらず、平然を装うのが精一杯だった。
そこにあの言葉を喰らったのだ。
考えに考え抜いた挙げ句、土門は江上に会いに行く決意をした。
会いに……というより、対峙して自分の目で本当の処を確かめようと決めたのだ。
まずは、以前勤めていたタウン誌の名前を使って、取材を申し込んだ。
当然だが、いきなりの取材は断られた。
自宅兼事務所となっていたから、電話口で対応した快活な女性が……遥子が妹のように可愛がっていたという “ 美月ちゃん ” なのかもしれなかった。
週刊誌や全国区の雑誌ではなく、地元の良いところや人気者を紹介しているタウン誌だと喰い下がった。
地元の人達に主に作品を紹介させてほしいと頼み込んだ。
すると、今月末に引っ越すので多忙であることと、地元からは居なくなるという理由で断られた。
軽井沢に夫婦で引っ越す……それは長谷部が遥子に告げていたのを立ち聞きしたからわかっていた。
それならば、記念に“ さよなら特集 ”的な記事を書かせてほしいと申し出た。
するとそんな大事にしたくないからと、断られた。
そこで、最後の手段として……
自分は今年入った新人記者で、江上作品のファンとしても初めての記事をどうしても書かせてほしい!と泣きついた。
これには、さすがの美月も即座に断らなかった。
自分もかつては新人編集者として苦労していた記憶があったからだ。
そして、とうとう時間限定の簡単な取材が許された。
それも、記事や写真は事前にチェックして意に反すれば、掲載はしないという条件付きで。
それで十分だった。
そもそも取材など存在しないのだから。
土門は、あらかじめ調べておいた住所と、電話口で教えて貰った住所を照らし合わせ、タウン誌の頃に使っていた取材用の鞄と小さめのカメラを用意すると、バイクで向かった。
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