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第5章 堕ちたプリンス ①
今から八年前の遥子は、実績を上げることに必死な24歳の駆け出し編集者だった。
向上心の塊で、先輩編集者にくっ付いて回りながら、終業後もクラブやBarなどに顔を出し、面白そうなネタを拾い集めたりしていた。
そんな遮二無二走り回っていた中、一人の男と知り合った。
月に2回程顔を出すBarにその男はいた。
カウンターの奥の端に独り飲んだくれていた。
ある日、顔見知りの同業者が教えてくれた。
「 なぁ、あの隅っこで飲んだくれてる奴、知ってる?」
「 知らない、と思う…… 」
遥子は言われた方向のカウンターを見ながら答えた。
肩幅の広さから結構な大男だろうことは見て取れた。
言われてみれば、ここへ来る度、あそこに酔い潰れるように飲んでいる人が居たような居なかったような、そんなレベルの記憶である。
「“ 堕ちたプリンス ” って、聞いたことあるだろ?もう一年程前に世間を騒がせた事件だけどな 」
「 あぁ、あのドーピング事件!もちろん知ってるけど… 」
遥子はカウンター隅の広い背中を見つめながらその事件を思い出していた。
プロ野球にJリーグ、バレーボールのプレミアムリーグと、日本のスポーツ界も遅れ馳せながらプロ化が進む中、バスケットボール界もプロリーグが始まり日本人初のアメリカNBA選手誕生など注目を浴び、人気沸騰していた頃、その事件は起きた。
オリンピックを一年後に控え、全日本メンバーの選出合宿中にドーピングが発覚したのだ。
大学リーグの頃からその実力やルックスで注目を浴び、スポーツ雑誌ならず女性誌にも特集が組まれる程の人気アスリートが、そのドーピング事件の張本人だった。
バスケ一筋のストイックで硬派な印象が強かった彼は好感度も高く、特に女性からの人気が高かった。
海外と違って日本人アスリート界では、ドーピング事件を起こす人間は皆無に近い環境だったから、彼の世間に与えた衝撃は大きかった。
ましてやバスケットボール界が盛り上がりを見せ始めていたところでの事件は、連盟からの批判も処罰もかなり厳しかった。
チームからは当然、解雇を言い渡された。
個人的に非難する手紙が家には途絶えることなく届き、連日マスコミに追われ、彼はとうとう行き場を失った。
世間からは“ 堕ちたプリンス ”とワイドショー、ニュース、週刊誌までありとあらゆる処から大バッシングを受けた。
そもそも派手なことを嫌い、マスコミに取り上げられることで肝心のバスケの練習や試合の妨げになること自体を嫌っていたタイプではあった。
だが、自分の預かり知らぬところで持ち上げられ、そして堕とされた。
結果、バスケット界を追放されたという事件だ。
「 あれが、その元プリンスだよ。江上龍也……とかいったかな?」
「 ふぅん…そうなんだ… 」
相変わらず大きな背中を丸めるようにして飲んでいる男を見ながら瑶子は興味津々に口をすぼめた。
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