第6章  二人三脚

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第6章  二人三脚

彼を絶望から救いたい…… なぜそう思ったのかは追求しないまま、思いつきのような言葉で江上を仕事に誘っていた。 特別、案があったわけでもなく、企画を立ち上げたわけでもなく、気が付いたらいつもの如く走り出していた。 まず、ペンを持たせてみた。 その日、その時の時事ネタに対する感想や意見をノートに書かせてみた。 時には政治、時には事故や事件。 スポーツ関連のニュースに対しての彼の個人的な見解。 ある意味、バスケットしかしてこなかった彼にとって、自分の見解や意見、感想を文字に表すことはとても新鮮であり、毎日時間をもて余していたが故にあっという間にはまりこんだ。 そして、何よりも遥子を驚かせたのは、江上に思わぬ文才があったことだった。 彼がこれまで受けてきた苦難のせいなのか、その文章はオブラートに包まれること無く、ストレートに物事の本質を独自の見解で射貫くようなダイナミックさがあった。 このまま埋もれさせるべきではないと判断した遥子は、スポーツ雑誌の編集部に掛け合い、小さなコラムを設けてもらった。 一旦はオリンピック選手候補にまで登り詰めた彼のスポーツに対する知識はとても豊富で、トレーニング方法や体の作り方など、読者からの質問にも的確な答えを導いた。 時に寄せられる甘い考え方などには断罪するような厳しい意見を返すことで、読み手に好き嫌いは生まれたが、全体的には受け入れられた。 江上が媒体に出るようになると、遥子は細心の注意を払った。 事件から一年以上経っていたとしても、彼がかつての “ 堕ちたプリンス ” だと知れれば、またマスコミの餌食になる可能性は大だ。 素性を知られないように架空の人物を作り上げ、ペンネームも持たせた。 担当も遥子が一手に引き受け、誰も江上に近づけなかった。 二人がBar で出会って半年後、二人の関係は原稿を書く者とそれを編集する者として、新たなスタートを切った。 「ねぇ、小説に挑戦する気はない?」 コラム連載も定着し、そこそこ安定した人気も出た頃、遥子がそう提案したのは、二人が仕事のパートナーを組んで一年半経った時だった。 江上の自宅に専用の仕事場を設け、原稿作成や打ち合わせ、編集作業ももっぱらここで詰めてやっていた。 「 小説か……。こんな素人が踏み込めるような世界じゃないだろ?」 「 何を仰いますやら!」 遥子は、笑いを噛み殺しながら 「 今や、立派なコラムニストじゃないの!」 「 興味は、あるよ。物を書くということにこれ程自分が打ち込めるとは、想像もしていなかったからね 」 「 じゃぁ、書きましょう!もちろん、全面的にバックアップするし、とことん付き合うわ 」 「 駄作になってもかい? 」 「 この私が駄作にすると思う?」 「 遥子が書いた方が早くないか? 」 遥子はまさか、というように首を振りながらニッコリ笑いかける。 「 私は、龍也の小説が読みたいの!」 向かい合ったソファの向こうから、髪をかきあげながら、少し照れくさそうにくしゃっと笑い頷く江上に、遥子は胸を踊らせた。 あのカウンターの隅で絶望していた男とはまるで別人だ。 なかなかの男前で、男気に溢れ、ユーモアのセンスも心地よい。 本来の江上龍也という男性に、遥子はいつの間にか魅せられていた。 彼の文才の高さや、いつか有名作家を育て上げたいという編集者としての野望も、彼と共に歩くことで叶えられるような気がしていた。 色々な意味を含めて遥子は江上にぞっこんだった。 自分でやると決めたことは、なにがなんでもやり抜く。 その為に必要なことなら決して手を抜かずどんな努力をしてでも身に付ける。 江上という男はそういう男だった。 もちろん遥子の全面的な協力と指導が無ければ道は拓けなかったが、それでも彼女の重荷にはならぬよう、物を書く時の文脈や言葉の羅列方法、表現力を学び、多くの他の作品を読み漁り、寝る間も惜しんで書くことを習得した。 かつて、遥子は言った。 「貴方を騙し、陥れ、絶望まで追い込んだ全ての人を見返してやればいい。その当時の事を蒸し返して犯人捜しをしてもバスケット界には戻れないのなら……新たな世界で成功すればいいわ。」 江上は、遥子の後押しを受け、彼女との二人三脚で、出会ってから三年の後、その成功を掴みとったのだ。
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