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たぶん、一度死んでいる
12階のカフェバーで企画書を読んでいると、久保田がやって来た。
「中島さん、お疲れ様です」
コーヒーを持って、久保田が隣の席に腰を下ろす。
「もう、春ですね」
久保田が窓の外に視線を向ける。
眼下には春の色に染まる日比谷公園が見えた。
のどかな景色を見て、気持ちが緩む。
ほっと息をついた瞬間、悪戯するように久保田が私の手から企画書を取った。
「『たぶん、一度死んでいる』って、曖昧なタイトルですね。死んでいるのか、死んでいないのかハッキリしませんね。ヒロインは子持ちの40歳主婦で、29歳の塾講師と恋に落ちるって……なんすか、これ? 面白いんですか?」
冷ややかな視線を久保田が向けてくる。
「面白いわよ! 私が目をつけた作品なんだから。平凡な主婦が一度殺されるんだけど、時間が戻って、生き返って、イケメン塾講師と一緒に死の運命を回避しようとする話なの。それでイケメン塾講師に助けてもらいながら、二人の愛も深まっていって、胸キュンなのよ。もう、この年下のイケメン塾講師が素敵でね、キュンキュンしちゃうんだから」
「あ、書いてありますね。息子の高校入試合否の日に私は殺され、時間が戻って生き返った事をイケメン塾講師から聞かされたって。ふむふむ。イケメン塾講師とヒロインが殺されて、時間が戻るんですか」
「殺された経緯と犯人はわからないの。だから、それを探っていくのも面白いのよ。それにね、イケメン塾講師との過去の絆のエピソードもいいんだよね」
「中島さん、すっかりこの作品に惚れ込んでますね。配給はまだ決まってないんですか」
「うん。知り合いの監督からウエストシネマズで配給を考えて欲しいって頼まれているんだけどね」
「新しく部長になった婚約者の雨宮部長に言えば一発OKなんじゃないんですか」
「仕事では拓海さん、厳しいんだよね。納得させられる物じゃないとOKは出せないって言われてて」
「公私はちゃんと分けているんですね」
「そういう所が拓海さんの素敵な所なんだけどね」
「中島さん、僕がなんだって?」
後ろから拓海さんの声がして、ドキッとした。
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