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 誰でも、身の危険を感じる言葉の一つや二つを浴びた経験は、あるんじゃないかって思う。  そして、それによってその後の人生が変わるってことも。    回覧板を持ってお向かいの篠田家に行くと、篠田のおばさんが出てきた。 「あら、理佐子ちゃん、こんばんは。お仕事、お疲れさまでした。お母さんは忙しいの?」 「今日から明日の土曜日までお兄さんの家です。赤ちゃんが生まれたんで、父と一緒に泊まりがけて遊びに行きました」 「なら、今夜はひとり? ちょっと、寄って行かない?」  おばさんが、にこにこの笑顔でわたしを見てきた。おばさんのこの笑顔。   ……不吉な予感しかない。  小学二年生の春から社会人二年目の現在までの約十六年という長い付き合いにおいて、篠田のおばさんのこの顔は危険なシグナルであると、わたしは学習していた。  君子じゃないけど、危うきには近寄らないのだ。 「すみません。お風呂がそろそろ沸くころなんで。また今度にでも」  そそくさと、角の丸くなった回覧板をおばさんに押しつけ退散――失敗。わたしの腕は、おばさんにしっかりと掴まれていた。 「だったら、ここでいいわ。聞いてちょうだい、和弥のことなんだけど」 「いや、あの、わたし、和弥君とは、全然親しくないし」 「なにを言うの。理佐子ちゃんと和弥は同じ年で、小学校から中学、高校と同じだったじゃない。あのね、わたし心配なの。和弥ったらね、近ごろ変なの。秘密があるみたいで、こそこそと何かやっているの。彼女でもできたの? って聞いても、慌てて首を振るばかりで。でも、なんか怪しいのよ。だから、理佐子ちゃんから、聞いてもらえないかしら」
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