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「ハァ、ハァ、ハァ」
あたりが白み帯びて1日の幕開けを告げている。日課である海までのランニングに出かけていた。高校でバスケ部に所属している僕は毎朝トレーニングの為に近くの海へ走っていき、砂浜でダッシュをしたりランニングをしたりしている。
その日もいつものように砂浜を走っていると、ふと波打ち際に落ちている瓶に気付いた。砂浜に瓶が落ちている事は悲しいかなよくある事だ。ただ、この日はなんとなく引っ掛かりを覚え近付いてみた。
瓶は飲料水を入れるタイプではなくジャムなどが入っているような円柱形のものだった。そして、瓶の中には一枚の便箋であろう紙切れが四つ折りの状態で入っていた。
――これはテレビなんかでよく見るボトルメールではないか!?
いわゆるどこかの誰かが手紙を瓶に入れて海に流し、見ず知らずの誰かに言葉を届けると言ったものだ。その瓶を拾いあげ、意味もなく上下に振ってみる。『カツ、カツ』と便の内側で便箋が音を鳴らした。
僕は心躍った。何かに期待した訳ではないが、瓶を見つけた特別感がそうさせたのだろう。ワクワクしながら瓶の蓋をひねると、思いの外簡単に蓋は開いた。瓶からはほんのりとイチゴの匂いがした。はやる気持ちで便箋をとり出して開いてみると、そこには印字された文字があり、手書きの文字を想像していた為、若干のがっかり感があった。
『この手紙を読んでいるあなたへ
あなたは今日自宅前で誰かの自転車の鍵を拾うでしょう。きちんと交番へ届けましょう。そうすればあなたにもきっといい事があるでしょう』
これまた思っていたものとは違った。『あなたはどんな人ですか? わたしは……』の様な抽象的な内容だと思っていたのだ。しかし、このメッセージはえらく具体的だった。高揚していた気持ちもすっかりなくなり、便箋をポケットに突っ込み再び砂浜をダッシュし始めた。
日課のトレーニングが終わり自宅への帰路についた。自宅前に朝日を浴びてきらめいているものがあった。何かと思い近づいてみると小さい鈴がついた鍵だった。みっちり走り込んできた為すっかり忘れていたが、あのボトルメールに書かれていた自転車の鍵ではないかと思った。
トレーニングで熱くなっている体にうっすら寒気を感じた。
――あのメッセージに書いてある通りだ。たまたまなのだろうか?
気味の悪いメッセージに従うのも躊躇われたが、そんな訳にもいかず鍵を交番へ届けた。その後、学校で友人達に話してみたがたまたまだろう、気にしすぎと言って笑い飛ばされてしまった為、僕も深く考える事はやめた。メッセージに書いてあったようないい事は特に何も起きなかった事も偶然であろうという考えの後押しになった。
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