35.あの頃の私に餞を

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35.あの頃の私に餞を

 一人目の公爵令嬢、これは解釈に違いがなかった。お告げの後、ソシアス公爵家で最初に生まれた女児。間違えたり勘違いする余地がない。ただ彼らの期待に沿える外見や、特殊能力が発現しなかっただけ。  王の花嫁――この解釈が人によって大きく違った。国王陛下は、治める国を思い浮かべる。次の王になる息子イグナシオが、ソシアス公爵令嬢の私を娶れば、世界は輝く。つまり他国を圧倒する繁栄を手に入れると考えた。  ギータ様の説明に頷いた。私に何か才能があって、外見が美しかったとしても、父母は義妹との入れ替えを画策したはずよ。私は公爵の妹ラファエラの娘だった。実の娘と姪ならば、王家に娘を嫁がせたいと願うのが当然ね。  王家はお告げを重視し、私を婚約者に据えた。王子妃教育を施して様子を見たが、何ら才能を見出すことが出来ない。そんな中、見目麗しい妹アデライダが王子に急接近した。前国王陛下がお亡くなりになって、お告げの重要性が薄れたことも大きい。  どうせなら、王子が愛する見目麗しいソシアス公爵令嬢を妃にしよう。直接お告げを聞いていない王族にとって、その程度の変更だった。ソシアス公爵領を通行する輸入品への税を、王家に納める。それが裏でなされた取引だった。 「知らなかったわ」  巨額のお金が毎年入る。それに加え、アデライダは公爵夫妻の愛娘だ。今後の損得を考え、王家は私を切り捨てた。お告げさえ気になければ、どちらが得か悩む必要もないわ。  秤が大きく傾いた時点で、私は邪魔者になった。王子妃教育を施した私を、簡単に外へ出すわけにいかない。王家の様々な事情や人間関係を知る私が、国外へ逃亡でもしたら大変だもの。殺すのが一番安全で、どうせ死なせるなら古代竜の生贄にしようと考えた。一石二鳥を狙ったのよ。  汚いけど、まだ理解出来る。涙も見せずに納得する私に、ギータ様は痛ましそうな顔をした。同情なんていらないと言いかけた私に近づき、そっと抱き締める。 「辛すぎると涙も出ないと聞いた」  そうなのかしら。あの義理の両親に裏切られて、傷ついた? 自覚はないけど、そうかもしれない。少なくとも王子の婚約者でいるうちは、愛される期待をしていたわ。いつか愛されるんじゃないか。王子妃になったら、少しは優しくされるかも知れないって……。  前回、確かにそう願った。生贄になれと言われた時に、何もかも諦めたけれど。手放すまで、その願いは私の希望だったのね。過去は過去、嘆いても戻らないけど……頑張ったあの頃の私に餞を。  つぅと頬を涙が伝う。顔が見えないよう腹の上で抱き締めるギータ様の服に、涙は吸い込まれた。誰にも見せることなく、感情の発露は消える。目を伏せて、ゆっくり深呼吸した。大丈夫、声は震えない。言い聞かせて口を開いた。 「王家の事情は分かりました。神殿は?」  先を促す私に、ギータ様はそのままの姿勢で語り出した。
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