最期の顔

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 臨終ですという医者の言葉を横で聞きながら、家族の冷たい視線を浴びながら、僕はスケッチブックを前に高羽を見つめていた。  その時、僕は初めて、本物の高羽の死に顔を目の当たりにしていた。  硬く硬直した皮膚に、刻むように浮かぶ皺。薄らと開いた瞼の隙間には、光を失った黒目が覗く。歯は見えていないけれど、上下の唇は離れていた。  僕は近くの花瓶に挿してあった、色とりどりの切り花を手に取る。  すすり泣く家族を前に居心地が悪いとか、常識がどうのというのは、気にならなかった。  とにかく僕は、高羽の望みを全うすることだけに神経を集中する。  僕は組まされていた高羽の冷たい手に、切り花を握らせる。親族の顔は見ずとも、不快感を滲ませているに違いない。  だけど、誰一人として止めては来ない。あらかじめ高羽が、家族に話していてくれたからだろう。  僕は椅子に腰掛け、再びスケッチブックを手に取ると鉛筆を滑らせる。  それからただひたすらに、高羽の望みを形にしていた。  絵ができあがる頃には、病室には僕一人きりになっていた。  病室から差し込む白い光が朝を告げ、僕は霞んだ視界を袖で擦る。  それから立ち上がって、高羽の眠るベッドに近づく。  僕は奥歯を噛みしめて、スケッチブックを高羽の方に向けた。  最初に話した時みたいに――僕の顔の所まで、持ち上げて――  そこには家族に囲まれながら、穏やかな微笑みを浮かべて眠る高羽の姿がある。  僕が今まで描けなかった生命が、そこには宿っていた。 「……感想ぐらい言えよ」  高羽からの返事はない。  彼は最期にやっと、あの日の約束を守ったようだった。
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