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カイン視点
当然カインはエマが崖から転落したことなど知る由もない。 そこは奇しくもカイン自身危険を感じた場所であった。
既に通り過ぎた場所ではあるが、馬に餌をやる間中も何となく嫌な予感が拭えなかった。
「おぉ、立派な馬やのぉ」
「それはどうも」
腰を下ろし時間を潰していると老人が興味深そうに馬を眺めていた。 愛馬を褒められれば嬉しく思う気持ちもある。
「貴族のお方がこの街へ訪れるのも珍しいの」
「確かに僕が向かおうとしている場所は貴族には馴染みのないところかもしれない」
「どこへ向かおうとしておるのじゃ?」
「ここだ」
持ってきた手紙と地図を見せる。 場所自体は何となく分かるが、地元の人間にしか分からない情報があるかもしれない。 先程の崖沿いも本来ならば通りたくなかったところだ。
人間のカインは問題なくとも、馬は通れないという可能性もあるのだ。
「この街へ行きたいんだがこの住所はどこら辺にあるのか分かるか?」
「あぁ、それなら・・・」
場所を細かく教えてもらった。
「やはりまだかかりそうだな」
「でもこんなに立派な馬がおったらすぐ着くじゃろう」
「助かる。 迷うことなく辿り着けるだろう」
「どういたしまして。 あのー、馬を少し触ってみてもいいかの?」
「構わないが」
おじいさんは馬を撫でた。
「毛並みもいいし、体格もしっかりしている。 躾もちゃんとなっていていい馬じゃ」
「当然だ」
「貴族様は本当にこの住所の場所へ行こうとしておるのか?」
おじいさんは馬を撫でながら気になったのか手紙へと視線を落とした。
「あぁ、そうだ」
「それはまたどうしてじゃ? ここから先は多くの庶民が暮らす街。 貴族のお方が向かうような場所では」
答える必要もないと思ったが、この老人に対しカインは悪い印象を持っていなかった。 少し迷いながらも持ってきていた手紙を数枚取り出した。
「おや、それは・・・?」
「ここの住所の女性と文通していたんだ。 だがある日突然連絡が途絶えたから、こちらから向かおうと思ってきたところなんだ」
「ほぉ・・・」
おじいさんは考えるような素振りを見せた。
「どうかしたのか?」
「いやぁ、前も似たようなことがあったなぁと思ってな」
「・・・似たようなこと?」
「丁度5年前くらいかのぅ。 貴方様のように複数の手紙を見せてくれてこう言ったんじゃ。 『この住所を目指している』と」
「ほう、似たような人間がいるもの・・・。 ん、5年前・・・?」
家で使用人から聞かされたエマがいなくなった時期である。 そう考え出すと嫌な予感が止めどなく溢れてくる。 だが信じたくない自分もいてなかなか受け止めることができない。
「他に何を言っていたんだ!?」
「『文通していたけど私のせいで連絡を途絶えさせてしまった。 だから直接謝りに行く』 みたいなことを言っておったな。 若い子の活力に感動したからよう憶えておる」
「連絡を途絶えさせた・・・」
「もしかしてその彼女と貴方様は何か関係があったのでは・・・?」
おじいさんも気付いたようで、不安そうにこちらを見つめてきている。
「だが待った! そのおじいさんが言う彼女らしき人は僕の家へは来ていないぞ!?」
「5年も前のことじゃよ?」
「あぁ。 5年前に庶民の女性が訪ねてきた記憶は・・・」
もしかしたらエマが門前払いを食らってしまった可能性もある。 ただその場合でも自分の耳に全く情報が入ってこないということはないはずだ。
「その時に像の話をしたんじゃが、結局ワシはまだ生きていて彼女がその後にこの街を訪ねてきた様子もなかったな」
―――5年前と言えばエマからの連絡がパタリと途絶えた時だ。
―――エマは僕の屋敷を目指していた?
―――じぃからも何も聞かされていないから、僕がいない間に到着していたということもないだろう。
『・・・5年前に姿を消して以来見つかっていないと』
今朝使用人が言っていた言葉を再び思い出した。
―――いや、違う!
―――そんなことあるはずがない!!
―――エマは絶対に生きているんだ。
―――きっと何か事情があって僕の家へ来ることを断念したんだ!!
―――エマの家へ行けば全てが分かる・・・!
「おぉい、どうしたんじゃ!?」
カインは馬に跨り急いでこの街を後にした。
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