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途切れた恋の便り
18歳を告げる鐘の音が鳴り響き、カインはある覚悟を決めなければならなかった。 貴族であれば婚姻を結ばないわけにはいかない。
もちろんその相手に不満がなければ何も問題はないが、現在少々複雑な事情を抱えている。 朝になり前日のうちにしたためておいた手紙を伝書鳩に結え付ける。
「これでよし、っと」
もう何度も繰り返してきたことだが、手紙の返事がないとなれば表情が曇るのも仕方がないというもの。
「今日も頼んだよ。 無事に届けるんだ」
伝書鳩はその言葉が届いたかのように飛び立っていった。
―――・・・今日でエマからの連絡が途絶えて丁度5年。
―――誕生日と被るとか縁起が悪くて悲しくなる。
―――もう僕のことなんて忘れてしまったのだろうか。
エマからの返事はこの5年間一度も来ていない。 何度も諦めようかと思ったが、それでもエマを信じて送り続けていた。
「お坊ちゃま。 失礼いたします」
長年付き添っている執事がやってきた。 かなり歳はいっているが、それ故に年季が入っていてとても信頼できる人だ。
「お坊ちゃま、本日はお誕生日おめでとうございます」
「あぁ、ありがとう」
執事は開いている窓を見て目を軽く細める。 手紙のことを知っているのは屋敷中でもこの執事だけ。 カインの事情も心情も何となく分かっているのだろう。
「またお手紙を送られたのですね」
「あぁ。 エマからの返事はまだ来ていないんだよな?」
「はい。 朝一番にいつも郵便受けを確認しておりますがエマ様からのお手紙は届いておりません」
「僕の両親には文通していること気付かれていない?」
「はい。 気付かれている様子は全くございません」
「そうか。 ならいい」
そう返事したカインに執事は伺うように言った。
「・・・ですが、そろそろお覚悟を決めた方がよろしいかと。 私が言わぬまでも分かっていらっしゃるとは思いますが」
「・・・そうだな。 今日で誕生日を迎えてしまったから」
「午後からお坊ちゃまを祝福するパーティが行われます。 その前にご両親がお坊ちゃまにお話があると仰っていました」
「分かった。 行こう」
部屋を出ると執事も後ろを付いてきた。 エマと文通をしていると知っているのをカインの身内では執事しかいないことには理由がある。
「・・・お坊ちゃまはまだエマ様のことを愛されておられますか?」
「当たり前だろう?」
「左様でございますか。 そこまで一途なのは素晴らしいことだと思います」
5年間音信不通だというのにまだエマのことを愛し信じている。 普通はそれ程長く待つのは一般的に有り得ないが、カインはそれをやってのけていた。 それ程エマに対して本気なのだ。
―――・・・いや、正直挫けそうになったことも何度もある。
―――それでもここまで信じて手紙を送り続けてきたのは、ある種意地のようなものもあったのかもしれない。
両親と真面目な話をする時は来客用にもしている応接間を使う。 重厚な扉の軋む音が少しずつ流れてくる空気をひりつかせる気がする。
「失礼します」
応接間では既に両親が椅子に座って待っていた。 二人の前に跪く。
「カイン。 今日は誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
「それで婚約のことなんだが決心はついたか?」
その言葉に大きく頷いた。
「今日でカインは18だ。 そろそろ婚約者を決めなければならない」
「はい。 既に決まっております」
「それは許嫁であるエルザで間違いないか?」
エルザの名を聞いて視線を落とした。
「・・・いえ、申し訳ございません。 どうしても僕には愛している女性がいます。 その方と婚約したいです」
それを聞いた母が呆れたように言う。
「その方なんて大層な言い方をしていますけど、庶民なのでしょう? 貴族と庶民の婚約なんて許されませんよ」
「それでも僕はエルザとはこんな気持ちのまま婚約することはできません」
「昔から素直だった貴方が、ここにきてこんなに頑固になるとは思いもしなかったわ。 それ程熱を上げれる相手とは一体どれ程の娘なのでしょう?」
「エマとの出会いからお話させていただきます」
こうしてエマとの馴れ初めを話そうとしたのだが、それを遮るよう父がベルを鳴らした。 しばらくしてやってきた使用人が深く頭を下げる。
「使用人。 そのエマという方と直接話がしたい。 探して連絡を取っておいてくれないか?」
「かしこまりました」
使用人は恭しく礼をするとこの場を離れていった。
―――自分がそうだし簡単にはいかないと思うけど、エマと連絡が取れるのか?
―――・・・使用人が探してくれるなら、もしかしたらエマと再会できるのかもしれない。
―――今まで連絡が途絶えていた分突然再会するのは複雑だけど、エマと会えるのならそれでもいい。
両親にエマと出会った経緯を話すのは今日で初めてだった。 長らくエマと連絡が取れず気分は沈んでいたが、使用人が積極的にエマの居所を探してくれるとなれば希望が持てた。
両親にバレないようこっそりと連絡を取っていたためカインから探したり調べたりするアクションを起こせなかったのだ。
「ではお話します。 10年前の曇り空広がるごくごく普通の日のことでした」
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