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「清人ー、ちょっと和人のネクタイやってあげて」
またか。
アイロンの電源を切って立ち上がる。
最近フリーターを卒業して就職した五つ下の弟は、着慣れないスーツ姿で毎朝あたふたしている。
「はじめの巻き方から違っているんだよ」
自分より十センチも大きい和人の背後から腕を回して、今日も結び方をレクチャーしてやると。
「サンキュ」
振り返った和人の笑顔を見て、こいつ今日も学習していないなと勘付く。
呼べば僕がやるから、自分で覚える気がないのだ。
弟の和人も初恋の彼同様、大胆不敵型人間である。
そしてうちにはもうひとり、大胆不敵型人間がいる。
「母さん、みそ汁はブクブク煮立たせちゃダメだっていつも言ってるだろう」
鍋を強火にかけたまま台所を離れ、最近はまっているらしいダイエット体操の動画を見ながら腰を振っている母に注意すると、ごめんごめん、と笑ってごまかす。
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