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 これが芳村(よしむら)家の毎朝の光景。  細かいことを気にせず人生を謳歌している大胆不敵型人間の母と弟と、細かいことが気になって仕方なくていまだに羽ばたけないでいる僕。  父は、和人が生まれて一年ほど経った頃、事故で亡くなった。  大胆不敵型人間である母もその時ばかりはさすがに参っていた。  傷心の母が子育てと元々苦手だった家事を両立することは、六歳の僕の目から見ても不可能だった。  だから家事は僕がすることにした。  辞書を片手に炊飯器の説明書を読んで米を炊き、休みになると様子を見にきてくれる近所に住んでいた親戚のおばさんに掃除と洗濯の仕方を教わった。  几帳面な僕は教えられるままにいろんなことを吸収、実践し、家事をみるみる習得していった。  その結果が今のこの状態だ。  がんばり過ぎた僕は元気を取り戻した母から家事のやる気を奪い、弟を甘やかし過ぎて大胆不敵型に育て上げてしまった。 「僕がいないとどうする気?」  これが僕の最近の口癖。  こう言ったら二人が僕の存在をありがたがってくれるからだ。  三十目前にしていまだパラサイトである僕は、毎日フェイクの指輪を左手薬指にはめて仕事に向かう言い訳がほしいのだ。  きっとよその家だったら、結婚も自立もしない厄介者でしかない僕の存在は許されない。  だけど二人は許して、ありがたがってさえくれる。  現状はそうやって僕のほうが、二人に甘やかされていたりするのだけど。  なにはともあれ、今日も芳村家の朝は平和だ。
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