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 ヒアリングでは、まず始めに相手を認めること。これが鉄則。  絞りに入るのはその次だ。 「お相手の年収は六百万以上をご希望ということですが、共働きとなるとここはもうすこし抑えることも可能でしょうか」 「ええ、すこしくらいなら。でもお金はあるに越したことないし……」  不安そうな表情をした彼女をこっそり観察する。  身なりはきちんとしているがブランドものや派手な装飾品はつけていない。  化粧は薄めで散財しているような印象は受けなかった。 「どんなに蓄えがあってもお相手が浪費家だと怖いですよね。でもお客様の選ばれる男性は、お客様と同じく誠実で堅実な方だと思うんです。今までひとりで考えてこられたことを結婚後は二人で考えていけるぶん、今のお金に対する不安はきっと半分になりますよ」 「そう、かな……。そういうお相手だったら、年収は自分よりすこしあれば十分、なのかも」  彼女の表情からは不安がゆっくりと薄れていき、代わりに希望の色が浮かび始めていた。 「年収を抑えたぶんほかの条件を強化して、お客様に合う真面目な方を全力でお探しいたします」  笑顔を見せると、彼女の頬が赤らんだ。  そのまま視線が僕の左手薬指に落ちる。  よく磨かれた傷のないシンプルなニセ結婚指輪を確認して、彼女はすこし残念そうな顔をした。  この指輪は、僕がこの結婚相談所に就職した一年後に自分で購入したものだ。  どうやら僕の真面目を絵に描いたような平々凡々な顔立ちと、学生時代、国語の授業で朗読するたびバタバタとクラスメイトたちが眠りに落ちていったという伝説を持つ、男性的な荒々しさが欠如したマイルドなしゃべり口調と声質が、恋愛対象としては物足りないが、安寧な結婚を望んでいる女性には受けがいいらしい。
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