マリオネット

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 目の前にある、ふたつの死体。血溜まりが出来ており、ドラマで見る殺人現場とは訳が違う、余りにも生々しく吐き気を覚えてしまう光景。その光景を見て、彼は乾いた笑みを浮かべる。どうやら、可笑しくなってしまった様だ。 彼は笑い続けた。何分、何十分、何時間と。人は余りにも理解し難い事に直面すると思わず笑ってしまうと言うがどうやら本当の事だったらしい。    彼は、狂ったように笑い続けていた。  「はぁ……」 溜息をつき、何処か遠い目をしながら歩道を歩く彼、伊志嶺暁斗。心ここに在らず、と言うべきか。道にある電柱に何回もぶつかってしまっている。そんな彼が目に入った通行人は、彼を異常者と認識したのか腫れ物を見る目で彼を見ていた。こればかりは仕方ないが。  しかし、そんな腫れ物の暁斗に話しかける様な物好きもいる。  「ねえ、そこの君」  「ん?僕ですか?」  「そうそう、少し僕と話さない?」 暁斗はそんな気分では無いため断ろうとしたのだが、彼の異様な雰囲気に思わず誘いに乗ってしまった。  「それで、暗い顔をしながら歩いてたけど何かあったのかい?」  暁斗は悩む。この事を他人に話したりはしたくないが、自分に問いかけてくる時の彼の笑みに恐怖を感じ、暁斗は一部正直に話してしまう。  「言いにくいのですが、実は……両親が殺されてしまって」  悲壮感を漂わせている暁斗に、男性は心配する様な眼差しで「そうか……」と一言だけ発する。しかし、暁斗にはその目の奥が自分を嘲笑っているかのように見えてしまう。それ程までに暁斗は追い詰められているのだろうか。 暫く沈黙が続いていたが、その空気を変えようとしたのか男性は提案する。  「ねえ、少し歩こうか」  2人は夕日の照らす公園を歩いていた。歩き始めてからも2人の会話が無かったが、気持ちに余裕が出てきたのか、暁斗はとある男性に質問をする。  「そういえば、なんで僕に話しかけて来たんですか?」  「うーん……さっきも聞いたけど、単純に君の事が心配だったからだよ。それに……」  その瞬間、男性の雰囲気が一変する。その変貌ぶりに、暁斗は恐怖を感じ、1歩後ずさる。  「手に着いてる赤い痕。それ、血だよね。それも他人の。洗わなかったの?」  彼は笑みを浮かべ暁斗に問う。その瞳は自分の全てを見透かしている様で、気味が悪い。しかも、分かりきっている答えをわざわざ自分に問うてくるあたり非常に性格が悪い。  「え?そうですか?気付きませんで……」  「シラを切らなくていいよ。本当の事を言ってくれないかな?」  男性は暁斗の言葉を遮るように告げる。暁斗は悟った。逃げ場はどこにも無いと。嘘は通用しないし、彼とは体格が全く違うため走って逃げても直ぐに追いつかれるだろう。これ以上嘘を付いても意味が無いと暁斗は、自分を偽る事を止めた。  「……ああそうだよ、俺が両親を殺した。」  「ふふ、やっと正直に話してくれたね」  「それで?俺の事をどうするつもりだ?」  「うーん。どうかするつもりは無いよ?彼奴らを殺してくれた事だしね。」  暁斗は、予想外の回答に困惑する  「どういう事だ……?」  「ん?言葉通りの意味だよ?君が両親を殺してくれたから僕は通報も何もしないって事さ。」  「何故だ?俺が彼奴らの事を殺したってお前にはなんのメリットも無いだろ?」  「ああ……そうか。そう言えば自己紹介をして無かったね。僕はこういう者だ。」  そう言うと男性は暁斗へ名刺を渡す。その名刺に書かれている内容に、暁斗はとある可能性に気付いた。  (伊志嶺佑太、職業は警察官か……。ん?待てよ?伊志嶺ってもしかして)  「ふふ、気付いたみたいだね」  「確証は無いけどな……」  「恐らくあっていると思うよ。僕が君の兄だ、暁斗」  「ははは……こんな奴が俺の兄とはな。まあ、あの両親じゃこんな捻くれた野郎になっても仕方ないか」  「ふふ、確かに僕は捻くれてるって自覚はあるけど、自分の両親を殺す暁斗の方が相当じゃないか?」  「はっ、それはどうだかな。弟が自分の親を殺して喜ぶお前も大概だろう」  「ははは、僕の弟は随分と生意気に育った様だね」  「……それにしても、あんな小さくて可愛かった暁斗がこんな事イカれた子に育つなんて、あの両親はある意味天才だったんじゃないかな?」  「まあそれには同意だがな。彼奴らは人の心をぶっ壊すことに関しては右に出るものは居ない」  「ふふ、そうだね。それでどうだった?彼奴らに道具の様に使われる地獄の様な毎日は」  「はっ、思い出したくも無いね。お前も彼奴らに使われてたなら分かるだろう。」  「確かにそうだね。当時の僕はなにを間違えたのかずっと考えていたよ。思えば、あの張り付けの笑顔に騙されていた時点で僕は道を間違えてたのかもしれない。」  「それは……養子に貰われた時の事か?」  「そうだよ。君も養子に貰われた身なら分かるだろう?」  「ああ……そうだな」  暁斗は当時を思い出す。親が居ない暁斗にとって、両親がいるというのは憧れだった。その時に会ったのが、彼奴らだ。養子になる前の彼等は、非常に優しく、安心感を感じる事が出来た。今思うとおかしな言動も多々あったが、当時の暁斗に理解出来るはずもなく彼等の思い通りになってしまった。もう終わった事だが、やはり後悔は消えない。  「それにしても、暁斗が養子に来てくれて助かったよ。お陰で彼奴らの矛先が君に向いたからね」  「俺は一応お前の弟だぞ?自分の弟があんな目に合わされると言うのに益々自分勝手な男だな」  「なんとでも言いなよ。まあ、自分の為に両親を殺してる君には言われたくないけどね」  「彼奴らは殺されるに値する罪を犯した。だから殺した、それだけだ」  「それはただの自己満足だよ。罪を捌きたいだけなら警察が居るよ?」  「自己満足で結構。彼奴らだけは自分の手で捌きたかったんだよ」    「ふふ、そうか……。僕とは反対だね」  「お前と一緒の考え方をしたりなんてこっちから願い下げだがな」  「それは僕もだけどね。僕が言いたいのは殺す方法の事だよ」  「は?お前は殺してないだろ?」  「うん、直接は殺してないよ」  「直接は、殺していない?」  「確かに僕は彼奴らを殺していない。でも、間接的に殺させたんだ。」  「間接的に……?どうやってだ」  「暁斗……?自分で言ったこと忘れたの?彼奴らを殺したのって誰か分かる?」  「……!?でも、俺は自分の意思で……!」  「うん。暁斗は確かに自分の意思で殺した。でも、僕には暁斗が彼奴らを殺すくらいに追い詰められるのを阻止することはできたし、君を助けることも出来た。僕はこれでも警察だからね。」  「じゃあなんで助けてくれなかったんだ!俺はあんなに……」  「簡単な事さ。君に彼奴らを殺してしまう程の憎悪を募らせる為だよ。」  「……そういう事か。でもそれはただの結果論だ。ただの運任せな作戦でお前は自分が殺したとか言っているのか?」  「僕は自分が殺したとは言っていないよ?あくまで君に殺させただけだ。」  「……口の回る奴だな」  「ふふ、それは褒め言葉と取っていいかな?」  これ以上何を言っても駄目だと暁斗は考え、沈黙の後、最後に一つ佑太に聞く。    「なあ……今までの俺の行動は全てお前の計算通りだったか?」  「そうだね……計画通りだったよ」  「ははははは!そうだったのか!俺はお前の手のひらの上で転がされていたと言うわけか!ははははは!ははは……」  「クソ!!なんで助けてくれなかったんだよ!お前も俺と同じ事をされていたならあの苦しみが分かるだろ!?それなのになんで!!なんで……」   「僕はさっきも言ったけど自分勝手な人間だからね。君の事なんて知ったことじゃないし、僕に人の事を考える余裕なんて無かったからね。もしかしたら思いやりの心をどこかに置いて行ってしまったかも知れない」    「でも……そうだね。折角ならチャンスをあげようかな」  「チャンス……だと?」  「そう。もし君が、僕が出したお題を1発でクリア出来たら君が親を殺した事も無かったことにしてあげる。どうかな?もし断ったら今ここで君を捕まえるけど……」  「……脅しかよ。さっきはなんにもしないとか言ってなかったか?」  「ははは、先程の発言は撤回するよ」  「やっぱりお前って終わってんな」  「ふふふ、それはどうも。で、どうするの?」  暁斗は悩む。もしかしたら限りなく無理難題に近い課題を出して来るかもしれない。しかし、断ると言う選択肢は無い。事実上の一択だ。  「分かった、やろう」  「暁斗ならそう言ってくれると思ったよ。それじゃあ課題を言うね」  「……僕を殺せ」  「……は?」  暁斗は思わずそう言ってしまう。しかし、無理もないだろう。突然殺してくれと頼まれたら、どんな人間であろうと驚くはずだ。だが、悩む理由がない暁斗は即答する。  「ああ、わかった」  「ふふ、いい子だ」  そう言って笑った彼の顔は、今まで見た事のない、優しい目をしていた。しかし暁斗は関係ない。既に佑太を殺す覚悟が出来ていた。  「……準備は出来たぞ」  「わかった。じゃあこれを使って」  そう言うと、暁斗は佑太から刃渡り20cm程の包丁を貰う。  「……随分と用意周到だな」  「ははは、これも計算通りさ」  「……そうか。じゃあ、行くぞ。最後に言い残すことはあるか?」  「ふふ、まるで僕が死刑を受けているみたいだ。うーん……そうだね」  「……君に礼を言うよ。アイツらを殺してくれたこと。苦しみに耐え自殺をしなかった事。君が養子に来てくれた事。全てが噛み合って、アイツらを殺すことが出来た。そして謝ろう。あの時君を助けなかったことを。少しは申し訳なく思っているよ。」  「俺が言える事じゃないが、本当に同じ人間か?狂ってやがるな」  「ふふふ、確かに僕は狂っているが、それは君もだろう?もう手遅れなんじゃないかな?」  「……じゃあな」  暁斗は佑太の問いに答えること無く、持っている包丁を佑太の心臓へと突き刺す。暁斗の手には生々しい感触が伝わり、刺した場所から、鮮血が飛び散る。暁斗は包丁を佑太の体から抜き、付いた血を払う。その場で倒れた佑太は、一切動かない。どうやら既に死んでいるようだ。  「……それにしても」  暁斗は佑太の顔を見て、違和感を覚える。違和感の正体は分からないが、何処かが気持ち悪い。  「まあ、いいか」  しかし、暁斗にはもう関係ない。もう、終わった事だ。暁斗は何事も無かった様にその場を立ち去る。しかし、もう先の事を考える余裕が無かった暁斗は、少し考えた後、決断する。  「仕方ない。一旦家にもど……」  「その必要はないよ」  不意に、背後から声が聞こえる。しかし、気付いた時にはもう遅かった。  「ぐっ!誰だ!?」  「ふふ、誰だと思う?」  暁斗はその声を発した人間に地面に押さえ付けられる。暁斗は何とか逃れようと藻掻くが、体が動かない。問いに問いで返された暁斗はその人間の正体を確認しようと後ろを向く。そこには……  「……お前!なんで生きてるんだ!?」  ……先程殺した筈の、佑太だった。しかし彼は、暁斗の問いには答えず、冷淡な声色で告げた。  「伊志嶺暁斗、現行犯で逮捕する」  こうなった以上、抵抗は無意味だ。暁斗は諦め、何故佑太が生きていたのかについて考察する。その時、ふと佑太の顔を見た時に違和感があったことを思い出す。暁斗は、佑太の顔を見る。そして、理解した。  「……よくあんな似てる人を見つけたな」  「あら、バレちゃったか」  先程殺した佑太は、佑太に似ている、全くの別人だったのだ。  「お前、ここまで計算して……」  暁斗は問いかけるが、答えは帰ってこない。その時、裕太が後ろを振り返る。  「そうかよ……」 佑太は、笑った。その笑みは、酷く邪悪で、恐ろしい。そんな笑みだ。その笑みで、暁斗は全てを悟った。    暁斗は、佑太の操り人形(マリオネット)だったのだ。            
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