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イカ焼きの店から出てると、そのまま食べ歩きスタイルで海岸のほうへと歩く。
すると10分ほど歩いたところでT字路の分かれ道にさしかかった。
右へ行くと火ノ岬灯台。
左へ行くと――どこへつながるのだろう。
(去年は右へ行って灯台を眺めたあと、夕日が見える海岸の展望台へ……だったな)
彼女と灯台を登ろうとしたが、入場時間が過ぎていたため断念した苦い思い出。
(さて、どうするかな)
去年と同じように灯台を経由し海岸の展望台まで行ってこの失恋旅行に終止符を打つのも良し、まだ見ぬ景色をゆるりと散策するも良し。
イカ焼きを口にして心と胃袋も落ち着き、今は誰もいない道の真ん中で考えるように目を閉じた。
すると、
ウミャー。
ミャー、ウミャー。
何かの鳴き声が左のほうから聞こえてくる。
(よし)
手に持ったイカ焼きを左に向け、まぶたをゆっくり開く。
なんとなく、あの鳴き声に誘われているような――そんな気がしたのだ。
俺は意気揚々と左へ曲がり下り坂を歩いて行く。
が、なぜか無人の家屋がぽつぽつと並ぶ閑散としたエリアに来てしまった。
(あれ? 観光地から外れたのか??)
一瞬にして不安感が頭の中を駆けまわる。
(でも大丈夫! いざとなればスマホで現在地を確認できるし!!)
自分を鼓舞しながら今度は十字路に出くわすと、そこでやっと矢印型の案内表示板を発見したのだ。
左は海岸展望台とあり、それはたぶん彼女と夕日を眺めた場所だとおもわれる。
右のほうはどうやら駐車場へもどるルートのようだ。
ちなみにこの道をまっすぐ進むと“火ノ岬神社”があるらしい。
(俺、神サマに導かれてるのか? ……なんてな)
案内表示板があったことてパッと気持ちが軽くなる。
俺はとりあえず火ノ岬神社へ行くことに決めた。
再び歩きだすと辺りは右に山、左には防風林の景色となり、さらに進むと木々の間から海の青が見えはじめ、お食事・お土産の看板が目に入ってきたのだ。
こんなところに店が――あるのか!? マジか!!
などとかなり困惑したが、外から店内をのぞくと観光客がフツーにお土産コーナーで海産物を見繕っていたり、イートインスペースで食事を摂っていたのでほっと胸をなでおろす。
おもだった観光地からは離れていたので他の人の存在がなにより安心できた。
だが、その時だ。
右手で持っていた食べかけのイカ焼きを、あっという間に大きな鳥に串ごと奪われたのだ。
俺が呆気にとられていると、それを見ていた飲食店のおっさんが、
「あーあー。トンビに持ってかれたなあ」
「……トンビ?」
「イカ焼き、うまいからなあ。店の中だと取られる心配はないんだがなあ」
と、おっさんはバーベキューコンロで焼いてる串に刺さったイカをちらちらっと横目で見ながら言う。
「ははは………。イカ焼きください」
「まいどー。兄さん、うちのイカはうまいぞお」
俺はこういう押しに弱かった。
おっさんのところのイカ焼きは、イカを半身ではなく丸ごと焼いたもので一本六百円。
イートインスペースの窓から海を見つめつつ俺はイカ焼きを黙々と口にする。
(ああ。……やっぱりイカ焼きうまいな)
俺はトンビショックを忘れるように無心でイカ焼きをむさぼり食うのだった。
おっさんの店をあとにし、火ノ岬神社に向けて坂道を下ってゆく。
しばらくすると小さな漁村が目視でき、同時にアノ鳴き声が――。
ウミャー。
ウミャー。
その鳴き声は港から近い岩の島から聞こえてきた。
目を凝らしてその島を見ると、無数の白い鳥が飛び交っている。
港では観光客たちが岩の島に向かって真剣な眼差しでカメラ撮影していた。
それが気になってスマホで調べてみると、どうやらあの岩の島はウミネコの繁殖地らしい。
(へー。あの白いつぶに見えるのがみんなウミネコなのかぁ……)
俺もつられて記念にウミドリの群れをスマホに収める。
こういう珍しいモノに出会えることこそ旅の醍醐味だな。
しばらくウミネコ観察をして、そのあと港付近にあった案内表示板を頼りに朱色の建築物のところまで足を進めるのだった。
火ノ岬神社。
小さな漁村に対し、山に面した大きな神社だ。
行きの幹線道路側からこの神社に気づいていたら、きっと緑の山と朱色の神社と青い空と海という奇跡のコラボレーションが拝めていただろう。
楼門をくぐり抜けるとすぐ正面に神社の本殿が目の前にそびえ立つ。
飾られたしめ縄が昼前にお参りした縁結びの神社より小ぶりだが、それでも他の神社よりかなりサイズが大きい。
(このあたりの神社はみんなデカイしめ縄なのだろうか?)
などとおもいつつ右手側の立て看板に目をやると、
【火沈宮】
と書かれていた。
(火沈宮、ねぇ――)
火の沈む宮。
ちょっと心惹かれる中二ネーミングの意味が知りたくてスマホで検索。
所説あるようだが“太陽が沈んだあとの闇”を火沈というらしい。
主神は日光を司る神。
太陽の光りの管理人が闇落ちでもしたのか?
……謎である。
とはいえここは神社、きちんと礼儀作法にのっとってお辞儀し柏手を打つ。
そして手を合わせて願い事を――。
(新しい恋がしたい! 相手は絶対独身!! あと軽薄な嘘つきはお断りします!!!)
失恋男の必死な神頼み。
俺は5分ほど拝み続けたあと別の場所へ移動しようとふり返ると、最初のイカ焼きの店で魅入ったセーラー服の少女が石階段を上って行く姿を視界にとらえた。
(――あの子だ)
いつもなら“また会ったな”くらいの認識なのに、身も心も瞬時に少女に引き込まれる。
少女が上って行った階段はさほど長くない。
俺は階段を一気にかけ上がり小さな神社の前まで来たが、あの少女はもう見当たらなかった。
あわてて周囲を見回すと、少女らしき人影が歩道の奥へとすうっと消えた。
追いかけなければ、という強い念が思考を埋めつくす。
少女が消えていった歩道を俺は全速力で走り抜ける。
しかしその先には朱色の鳥居と狐が祀られた稲荷神社があるのみで、辺りに人の気配はまったく感じられなかった。
(――本当に消えた)
まさかあの子は幽霊なのか……?
そうおもった途端にビクッと身震いし、急な寒気が全身を襲う。
とにかく今はこの場から立ち去ろうと早足で来た道をもどる。
するとその途中で、下の火沈宮へ続くとおぼしき階段をみつけた。
もしかしたら少女は、この階段を下りたのかもしれない。
(さすがに幽霊なんか……いないよな?)
神社の中でホラー展開なんて勘弁してもらいたい。
少女を完全に見失ったことで、どこかへ飛んでいった俺の理性が帰ってきたようだ。
はあっと気が抜けた声をこぼしてその場にへたり込む。
その後俺は早々に神社を離れて、人が多い火ノ岬のほうへ引き返すことを決意した。
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