火、沈む海で

3/4
前へ
/4ページ
次へ
 もと来たゆるやかな上り坂を歩く。  ときおり立ち止まりながら俺は、スマホで周辺の情報をチェックする。  神社での出来事から、少女を見かけるだけで発作的に追いかけたくなる原因をみつけたかったのだ。  スマホの情報から察すると、神社が背にしている山のどこかに名もなき神の御霊が眠っているという伝承があり、火沈宮近くの石階段の上で見た小さな神社はその神を祀るものなのだとか……。 (名もなき神は『夜と海を司る』という。火ノ岬神社の本殿は『太陽が沈んだあとの闇』だっけ? ……なんつーか両方ともイメージがダークすぎないか)  そういう暗黒系神社だから、失恋の痛手で弱ってた俺に変な影響を与えたのだろうか。 (でも俺、霊感ないはずなんだけどなぁ……)  あまりうれしくない旅先での不思議体験ってことで……友人たちへ笑いのネタとしてメッセージを送ってみよう。  《俺氏、火ノ岬で心霊恐怖体験!!》  とはいえ実際は神社でのことが怖すぎたため、誰かにおもしろ反応をしてもらって笑い飛ばしたかったのだ。  一人旅だからこういう時、笑いでからんでくれる仲間がいないと恐怖心で押し潰されそうになる。  グループ宛てにメッセージを送信し、それが終わる頃には矢印型の案内表示板がある十字路までもどってきていた。  そこから左に曲がり、去年彼女と沈む夕日を眺めた海岸展望台へと向かう。  十字路から数分後、防風林の間を抜けてゴツゴツした岩肌むきだしの海岸へ到着した。  ここの海岸は細い柱状の岩石が密集した柱状節理(ちゅうじょうせつり)と呼ばれる地面が特徴らしい。   (奇岩(きがん)景勝地か……。意味は何となくわかる)  この辺の海岸の岩場には安全対策の柵はなく、命知らずな観光客たちが崖ギリギリの場所で仲間たちと笑顔で記念撮影している光景も珍しくない。  しかしここは、海まで15メートル以上の高さはあるだろう。  波の音はあまり大きく響いてはこない。  海は空の青色よりももっと濃い青をしている。  目の前に広がる美しい大海原を一人で眺めるのも悪くない。  俺は想い出の海岸展望台へとやってきた。  夕暮れ時ではなくとも見ごたえのある海と空だとおもう。  それでもあの日、あの時、瞳に焼きついた夕日ほどの感動は生まれてこない……。  ミャー。  ウミャー。  鳴き声の方角へ目をやると、ウミネコの繁殖地の岩の島が展望台からでも見えることに気づいた。  空には数羽のウミネコが気持ちよさそうに岩の島へ向かって飛んでいる。  そして、  ピーヒョロロ~。  イカ焼き泥棒のトンビも、空を悠々と風を切って飛んでいた。 (のどかだなぁ……。失恋からの感傷に浸りすぎて、ダッシュで海へダイブ! とか、衝動的に海に吸い込まれるように身を投げるなど耳にするが、そういう気になれないだけ俺は……まだ大丈夫なんだろうな)  賢者タイムに似た悟りの境地。  この一人旅ですこしは彼女のことを忘れることができたのかな?  恋の病の特効薬は時間。  時が経つにつれて彼女への想いは消えてゆくだろう。 (夕暮れ時にもう一度ここへ来て、それでも今と同じようにおもえるなら……俺は以前の平穏な日常へ帰ることができるかもな)  やっと、ここへ来てよかったと思える瞬間。  日が沈むまでにはまだ時間がある。  火ノ岬灯台へ行ってみよう。  俺は展望台から下りて、海岸に沿った白い遊歩道を進む。  どこまでもつづく水平線をバックに自撮したり、遠くの白波を撮影したりと――気楽な一人旅の思い出をつくる。  今日は前に入りそこねた火ノ岬灯台にも上り、灯台上部の展望台での絶景をスマホにたくさん収めた。  さすが40メートル越えの白亜の灯台。  マンション12階相当の高さはダテじゃない。  目線を下にするだけで、玉がヒュンと縮むくらいには怖かったけど。  灯台から下りてからも俺は白い道を歩いた。  ここは半島のようになっていて、灯台の周囲の海岸を気軽に散策できるので、 (距離的にはそんなに長そうじゃないし、海岸沿いをぐるりと右回りしてみようかな)    と何の気なしにおもいついたからだ。  だが海風を全身で浴びながら白い道を歩いているうちに、他の観光客に会うことがなくなっていった。  どうやら灯台から離れた北側まで、来る人はあまりいないのだろう。 (なんだか火ノ岬神社方面と似てるな。ホント人がいるのは灯台の周りだけなんだな)  そうおもいつつ進んでいると、前方の松並木の隙間からあの少女とおぼしきうしろ姿が目に入ってきた。 (あれは――!)  俺の歩みがしだいに早くなる。  何かに憑りつかれているのではなく、本能的に少女をつかまえなきゃいけない心の昂ぶりを感じるんだ。  曲がりくねった遊歩道に苦戦しながらも、ひたすら前を見つめて走る。  しかし大の大人が、男が全速力で走っているのに、まったく少女に追いつける気がしない。  セーラー服のうしろの襟から、真っ赤なスカーフがはためいているのが目につく。  それがまるで()()()()()()()ように見えるのだ。  必死になって息を切らせながら少女を追いかけるというのに――。 (ああ、クソ!)  手に届かないイラつきで、頭がおかしくなりそうだ。  目の前の松並木を横切り、俺は見晴らしのいい場所へ出た。    やはり――少女の姿は消えていた。  白い遊歩道も、ここで終わりだというのに……。  狐か狸に化かされてる気分だ。  目の前の案内板には“火ノ岬展望地”と書かれ、落下防止の柵と木のベンチが設置されている。  正面に広がる海には小さな岩の島がいくつもあり、たまにウミネコらしき鳥が羽を広げて飛ぶ姿がみえた。 (俺、なにやってんだろ……)  海からの冷たい風が身体の熱を押し流してくれるおかげか、自分とは違う()()()から開放された気分だ。 (さて、もどるか。ムダに疲れたし、のども乾いたし……車の中で一休みしよう)  遊歩道を引き返そうとした時、松並木より奥の防風林の間には、白くはない道があることに気づいた。  その道はうす暗く、スマホのマップ上には――その道は存在していない。  ミャー。  ウミャー。  ウミネコの鳴き声が聞こえた。  すると俺の身体は、自然と防風林のほうの道へと誘われる。  俺は手入れがされていない古びた道を進み、苔むしたコンクリートの階段を上って、長く伸びた草を踏みつつ進むと……観光用の大きな駐車場までもどってきていた。  なんだか拍子抜けだった。  俺は唖然としたまま自販機でペットボトルのお茶を買い、レンタカーへと乗り込んだ。  そして何気なくスマホに届いた友人からのメッセージを確認してみると、そこには――  《火ノ岬で心霊恐怖体験? ()()()()()のとこか??》  《TVやネットで話題のつるかめ荘にでも行ってンのかよ。そこマジでヤバイのでるって有名じゃね?》  と笑えないコメントが返ってきていたのだ。  あわてて【心霊 つるかめ荘】で検索してみたら、背筋も凍るほどの心霊体験談や廃墟マニアたちの突撃侵入動画が数多くヒットしてくる。  しかもその心霊スポットは、ここから1キロちょいの距離の場所に実在するらしい。 (俺の書き込みは、冗談だったのに。こんなはずじゃ……なかったのに………)  あの少女は本当に――なのか?  俺は恐怖心をふり払うように首をはげしく左右にふると、ペットボトルのお茶を一気にがぶ飲みし、車の座席を倒して静かに瞳を閉じる。  とにかく夕暮れまで休もう。  友人からの衝撃的なメッセージへの返答。  もはや失恋の傷心旅行でしんみりする気持ちが吹き飛んでしまったことは言うまでもない。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加