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ミャー、ウミャー。
ミャー、ミャー、ウミャー。
ミャー、ウミャー、ミャー、ウミャー、ミャー………。
――うるさい!
耳をつんざくような鳴き声。
そしてまどろみからの強制覚醒。
起き上がって重いまぶたをゆっくりと開くとすでに日は落ち、辺りは夜の闇へと変貌していたのだ。
(うわっ、寝過ごした!)
俺はあわてて車から下りる。
駐車場には他の観光客の車はすでになく、火ノ岬灯台だけが青白い光りに包まれ、上部から放つ強い光りが夜空をつらぬいていた。
だんだん思考が整ってくると自分以外に人がいないことに恐怖を感じ、ふいに寝る前に検索した霊スポットのことをおもいだす。
(まさか、な。幽霊なんているわけない……よな?)
でもやっぱり、怖いものは怖い!
今すぐ火ノ岬から離れよう。
とにかく今は、生きている人に誰でもいいから会いたい。
俺は車のドアノブに手をかけたが――開かない。
(ロックはかけてないはず……)
ガタガタガタ。
必死にドアノブを引いても開かない。
嫌な汗が額から吹き出てきた。
目を見開き、心臓のドクドクと音が耳まで届いてくる。
俺はあせりと恐怖から、肩で小刻みに息をするようなっていた。
(クソッ! 頼むよ、開いてくれよォ……)
しかし願いもむなしく、車のドアは固く閉じられたままだ。
恐怖心がいよいよ最高潮に達する一歩手前まできた瞬間、
ウミャーーー!!!
ひときわウミドリの甲高い鳴き声が周辺に轟く。
恐る恐る海岸のほうへ目をやると、灯台へとつながる道の先に、薄ぼんやりとした人の姿が現れたのだ。
(ひっ――!)
恐怖で固まる。
だがそこには……月の淡い光りに照らされた、あの少女が――いた。
少女に気づいた瞬間、俺の中から恐怖心が霧散し、あの子を追わなければならないという衝動がわき起こる。
なぜ少女を目にしただけでこうも自分がおかしくなるのか――そんな疑問すら、今は考えられない。
身体が勝手に少女へ向かって走りだす。
昼間は観光客が歩いていた道には人もなく、飲食店やお土産屋からの磯の香りもイカ焼きのうまそうな匂いも漂ってこない。
俺が走る音だけが、少女の姿だけが――この暗闇の世界のすべてだ。
海岸までつくと、少女のうしろ姿がはっきりと見えてきた。
(もうすこしだ)
俺は歓喜の笑みを浮かべる。
しかし少女は突然走りだし、火ノ岬灯台の中へと姿を消したのだ。
俺も逃がしてなるものか、と灯台の出入り口の扉を開いて内部へ駆けこむ。
本来であれば、すでにその扉は施錠されている時間だと気づかずに……。
小さな窓から差す月明りを頼りに、灯台内のらせん階段を駆け上る。
しかし走りづめだったため、階段を上るペースはじわじわと落ちてゆく。
キツイ角度のらせん階段は、昼間に上った時もかなり体力を消耗した場所だ。
それでも俺は息を荒げながらも最後の階段を踏みしめ、展望台のドアをいきおいよく開け放った――。
「なっ!!」
目の前を真っ赤なスカーフがひらりと横切る。
それが視界から通り過ぎると、灯台の展望台から下の海岸へと景色が変わっていたのだ。
俺はごくりと息を飲む。
前方には灯台を背にし、崖の上でたたずむ少女。
俺は少女のうしろ姿をジッと見つめる。
波の音だけが二人の間を流れてゆく。
月光を浴びて輝く少女はくるりと黒髪をひるがえして向きを変えると、セーラー服のスカートをつまんで丁寧なお辞儀をした。
そしてゆっくりと顔を上げる。
――ヒュッ。
息をするのを忘れるくらいに美しい少女が、そこにはいた。
これが少女と出会い、はじめて面貌を目の当たりにした瞬間だった。
そして理解したのだ。
俺の魂が少女を求めていたんだ、と。
少女はにこりとほほ笑むと、両手を静かに夜空へと伸ばした。
刹那、崖下の海面がゴゴゴッと大きな音を立てて渦を巻き、やがて海水が何かの力で持ち上げられたように巨大な波が現れたのだ。
その光景はまるで、少女が海をまとっているかのように神秘的な場面だった……。
やがて巨大な波は、俺や少女、そしてその場のすべてを飲みこむように覆いかぶさる。
漆黒の海の底へと引き込まれる最中、おだやかな顔で俺を見つめる彼女の手をとった。
海の冷たさを感じながら眠りにつくのも、悪くないな。
そして波がなにもかも押し流したその場には、真っ赤なスカーフだけが残っていたのだった――。
「……ヒッ」
強烈な冷たさを感じて、俺の身体がビクンと跳ね上がった。
加えて素っ頓狂な声を上げた俺は、びっくりした顔で辺りをキョロキョロと見回す。
イカ焼きを待ってる途中、どうやら寝てしまったらしい……。
誰にも俺の寝ぼけ顔を見られてないと確認し、ほっとした表情で通りすぎる人たちを眺めはじめる。
すると道行く人々の中から、黒髪にグレーのセーラー服の少女を見つけたのだ。
(ああ――!)
魂が震える。
あの子を、追いかけるんだ―――――。
〈了〉
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