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洞窟に戻ってからもマリーの心は浮き立っていた。
まるでおとぎ話のような展開だわ、とマリーは思った。
悪い魔法をかけられてヒキガエルになった王子様(とまでは言わなかったけど、とマリーは苦笑する)が、自分を助けてくれる。何て素敵なんだろう。それに、あのとても優しい若者はやはり存在したのだ。水を飲ませ、オレンジを食べさせてくれたとても素敵な若者を思い出し、マリーの頬は自然と緩む。
マリーは改めて思う。いつしかあの若者に恋をしていた、と。近いうちに二人でここを逃げ出そうと、ヒキガエルは約束をした。昔話のとおりなら、自分のキスでヒキガエルは魔法を解かれるかもしれない。今度試してみようかしら、とマリーは思った。
大きな羽ばたきの音がする。
洞窟の入り口が一瞬暗闇に包まれ、主が戻ってきた事を告げる。マリーに宿った束の間の安らぎと希望が掻き消える瞬間でもある。いつにもまして眉をひそめ、嫌悪の眼差しでマリーはコンドルを見た。コンドルの羽の下からこぼれ落ちる果実が地面にぶつかる乾いた音がした。その幾つかがマリーの足元に転がってくる。まだ少し青いけれど、瑞々しいヒメリンゴ。その一つを手に取り、マリーはコンドルの方を再び見た。既にコンドルは、マリーに背を向け寝藁にもぐりこもうとしている。
先程までの浮かれていた気分が急にしぼんだようだった。ついでにコンドルに対する嫌悪の気持ちもなぜかすっかり消えていた。マリーは自分で自分がどういう気持ちなのかよくわからなかった。ただ、何となく胸が締め付けられるようだった。
マリーは手にしたヒメリンゴを一口かじった。酸味の強い果汁が口いっぱいにひろがり、マリーは少し顔をしかめた。
以前、自分が病になる前は、コンドルはいつも気味が悪いほどずっと自分を見ていた。自分が食事をすませ、横になるまでずっと自分を見ていた。それは堪らなくいやな事だった。食べたくもない生肉を無理に口に押し込んで、生臭さを堪えて横になる間、監視されているようだった。
だが、今は違う。コンドルはぱたりと生肉を運んでこなくなった。そして、自分を見なくなった。ちらりと垣間見せる顔は、深い悲しみに沈んでいるようだった。
マリーは二つ目のヒメリンゴに手を伸ばした。ヒキガエルの事を思い出したが、それほど愉快な気持ちにはなれなかった。
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