記念写真

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部屋を片付けていて、ずっと昔に心のどこかへ置き忘れた写真を見つけた。 その写真は僕とその時付き合っていた彼女が東京タワーの展望台で記念に撮ったものだった。 僕らは今より少しふっくらしていてまだぎこちない振る舞いで手を繋いで笑っていた。 懐かしかった。もう10年ぐらい前か、と思いながら小さな達成感と恋のカケラを切りとった瞬間を再び頭の中で組み立てていた。 僕と彼女は友達の紹介で出会った。会社で働き始めて2年目の頃だ。 当時はmixiやメッセンジャーが流行っていて、街を行く人が手癖のように携帯電話をパカパカしていた。 僕はソフトウェア開発をやっている会社で所謂SEをやっていた。プログラムはほとんど書かず、客との間に入ってやりとりをする仕事だ。 残業は多かった。客が言うことは手のひらを返したように変わることも多く無駄なやりとりに付き合わされた。 そんな余裕のない僕を見て「少しは人間らしく楽しんでみたら?」と大学からの友人が職場の同僚の子を紹介してくれた。 友人は動画制作を趣味でやっていた延長で、ニュースの解説動画などを手掛ける小さな映像制作会社に就職した。 そこに彼女が中途で入ってきた。前はアニメ制作会社で働いていたこともあり、残業には慣れっこだと言っていた。 彼女とメールでやり取りして金曜日の仕事帰りに新橋で飲んだのが最初のデートだった。 SLの前でビジネスバッグを地べたに置き待っているところに彼女は来た。薄いグリーンのワンピースにカチューシャをしていたのをよく覚えている。急いできたのか少し頬を赤らめる彼女にひと目で惹かれていた。 他愛もないことを話したと思う。漫画が好きでワンピースをよく読み返すとか、時間があるときはイラストを描いたりするとか。 僕はデートをするのが久しぶりだったから、少し前のめりで面白い話を頑張ってしたのを帰りに少し反省したなぁとか思い出してほろ苦い気持ちが喉までこみ上がってきた。 彼女はよく笑ってくれた。僕がちょっとした冗談を言った時、バラ園にミニスカートで来てあんまりにも可愛いから写真をとらせてってお願いした時。僕を喜ばせようとして笑っているんじゃなくて感情が溢れるような笑い方をするところがすごく好きだった。 彼女の誕生日を祝った時もそうだった。待ち合わせ前に原宿の美容院に寄ってきた彼女はいつもより上機嫌で「今日はどこにつれれていってくれるの?」とほくそ笑んでいた。ラッピング専門店で包んでもらった時計のプレゼントを渡すと、彼女はニコニコずっとそれを眺めていた。 喜びや楽しいを表現してくれる彼女は、大学時代の流れで一緒になって付き合った同じ学科の子とは違って新鮮だった。友達の延長線で彼氏彼女になって刺激のないマンネリになってしまうとかとは無縁だと思った。 けど、実際にはその頃がピークでだんだんと起伏のないやり取りが多くなっていった。 告白をしたのは3回目のデートだ。新宿駅から少し離れたところにある小洒落たビストロでコースを食べた後にタクシーで東京タワーまで行った。今考えると詰め込み過ぎなプランだなと思う。もう若くもないからそう思うのかわからなかった。 東京タワーの麓で告白した。「わたしで良ければ」と照れくさそうに言う彼女の手を引いてチケットを買い展望台に登った。 流れで付き合うんじゃなくてちゃんと告白したのはその時だけだ。 二人で新宿の方を見ながらあれが都庁だとか言っていたと思う。会話の内容よりも手を絡めて顔を寄せて喋っていることのほうが大事だった。お互い恋をしていたんだと思う。 その瞬間が切り取られたのがこの写真だ。 もうあれから7年も経っている。この写真に写る僕が身につけている服や鞄、メガネ、髪型、その全てがもう手元になく新しいものに変わっている。 写真を机の上に置き、自分が小中学校の卒業アルバムを探していたことを思い出した。自分でも卒業アルバムなんて見返さないのになんで女性は見たがるんだろう。 僕があまり過去を意識しないからなのか、男はそういうものだからなのかわからなかった。 やっとのことでアルバムを見つけると、それを持って帰るために背負ってきた大きめのリュックに入れた。まだいろいろ入れられるし、たまには何か買って帰るか。 机に置いた写真を拾い上げてもう一度よく見てからゴミ箱に捨ててそのまま家を後にした。
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