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「君の肌は美しいね」
月日をかけて丹念に手入れした私の肌に触れ、白雪の肌に仕上げた私の額に口づけを落としながら告げる旦那様。私は笑いながら「あなたに好かれるために綺麗になったもの。嬉しい」と告げる。
これは決して嘘ではない言葉。
私の本当の気持ちを綴った言葉。
あなたが私以外に向かないように、と呪いと誘惑を込めた私の気持ちの籠った言葉よ。
「大好き」
そっと口づけるような甘い息と共に告げながら、私は彼の胸板に顔を埋める。きっと彼の鼻腔は私の髪から匂う花の香りでいっぱいでしょうね。汗をかいても花の香りが出るように、自分に合う制汗剤をいくつも試して漸く理想のものに辿り着いたんだもの。ああ、私の鼻腔にも素敵な男性の香りが満ちている。彼も私と同じように色々な所を気遣っているのだと実感した。
俺もだ、という愛ある甘い囁きを鼓膜の奥で反芻するように響かせながら私は愉悦に浸り、目を閉じる。
――ねぇ、覚えてる?
醜い豚と罵り鳩尾に足をめり込ませたこと
太い足とせせら笑いごみを投げてきたこと
魚の皮をべちゃりと投げつけてきたのだとは思わず、寒さから分厚いジーンズを着ていた私はその感触に気づかずそのまま出かけてしまい、電車に乗って生臭さを感じて初めて気づき羞恥で顔を上げられない30分を過ごしたことを忘れない。ティッシュで丸めても消えない匂いは満員電車では非情にきつく、周りにいる人たちの舌打ちや悪態が耳にどれだけ残ったことか
日常の一コマとして貴方は覚えてないでしょうね――――
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