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 アイドルに憧れたのは暁斗の方が先だった。  暁斗が九歳の時、テレビの中で歌って踊るアイドルを目にした。夜更かしはだめ、と母に言われていたから夜八時台の音楽番組だったと思う。夕食を食べてからアニメを見終わったあとに夕陽と二人並んでテレビを見ていた。べつにもともと見る予定でもなかった音楽番組に当時人気だった男性アイドルユニットが出演し、気づけば目を奪われていた。 「わあ、きらきらだね」 「うん、そうだね」  夕陽の肩にもたれかかり夢中になって画面の中を見つめた。  ステージ中に散りばめられた色とりどりのバルーンと光り輝くステージのライン、ビジューがいくつも散りばめられた真っ白い衣装、そしてなにより彼らの笑顔と歌声がきらきらとまばゆかった。 「ね、お兄ちゃん、お兄ちゃんも歌って」 「オレも?」  幼い頃から夕陽は暁斗の憧れだった。かっこよくて優しくて、それからとびきり歌がうまかった。アイドルが歌っている歌を夕陽の声でも聴きたかった。  夕陽は最初ためらっていたが、暁斗の視線に負けて歌い始めた。有名な曲だったこともあり夕陽の唇からするすると画面の中と同じ歌があふれていく。  夕陽もまた、きらきら輝いて見えた。 「すごいっ、やっぱりお兄ちゃんの歌がいちばん好きっ」 「ほんと?ふふ、ありがとう。大好き、暁」 「うん」  夕陽がぎゅうっと抱きしめてきて、暁斗もぎゅうぎゅうと抱きしめ返した。  あの時、テレビの中のアイドルにどきどきして、その眩さに夢中になった。でも、それ以上に夕陽のことが大好きだった。自分のために歌ってくれることがとても誇らしかった。夕陽のファン第一号は間違いなく暁斗だった。    ◇◇◇  夕陽がモデルとしてスカウトされたのは初めてアイドルを目にした時から半年ほど経った頃だった。夕陽はもとから背丈は周りより高い方だったが、高校に入学してからますます伸びて、その頃にはもう百七五センチは優に越えていた。学校指定のブレザーの制服も夕陽が着ると大人びて見えて、私服になれば大学生に間違われることも多かった。  でも、夕陽はモデルになることをためらっているようだった。勉学が疎かになるのではないか、家族に迷惑をかけるのではないか、と心配していた。父がほとんど家を空けている分夕陽は家事も手伝っていて、母に負担をかけてしまうという思いもあるようだった。 「モデルってなにするの?」  夕陽は時折部屋でぼうっとしていることが増え、暁斗はがまんできず聞いてみることにした。 「いろんな洋服を着て、写真を撮られて、それが雑誌に載るんだよ」 「ざっし?」 「ほら、たとえばこれ」  フローリングに詰まれた本の中から雑誌を一冊引っぱり出し夕陽は拡げて見せた。夕陽が高校に入学してからよく買っていたメンズファッション雑誌だった。 「へーっ、かっこいいっ!ここにお兄ちゃんが、のる?の?」 「んー、この雑誌じゃないけど、どこにでも売ってるような、そこそこ有名なやつ」 「すごいすごいっ、お兄ちゃんが有名になるってことじゃんっ」 「それはどうかわからないよ。他にもかっこいい人いっぱいいるし」 「お兄ちゃんが一番かっこいいに決まってる!」 「はは、そんなふうに言ってくれるのは暁くらいだよ」 「そんなことないもんっ」  暁斗にとって一番かっこいいのはいつだって夕陽で誰になんと言われようとも変えられようがなかった。夕陽もそれをわかっていって、それでもくすぐったそうに笑った。その笑顔はいつか見たアイドルのそれよりもずっとまぶしく見えて、心臓がどくんどくんと高鳴っていた。  ああ、見てみたい、と暁斗は思った。  「お兄ちゃんだったらなんでも似合うと思うっ!モデル、やりなよ!」 「暁……」  夕陽の手をぎゅっと握り、暁斗は自信たっぷりに告げた。 「お兄ちゃん、やりたいんでしょ?」  本当にやりたくないと思っていることならばすぐに断るはずだ。家族想いの夕陽ががまんして、やりたいことをできないのはいやだった。 「うちのことはぼくも手伝うから、お兄ちゃんはモデル、がんばって」 「暁、なにを手伝うの?無茶してケガするんじゃない?オレはそっちの方が心配だよ」  この頃からすでに夕陽はとても過保護だった。でも、言い負ける気はしなかった。 「むっ、むちゃなんてしないよっ。お母さんに聞いて、ぼくにもできること、するよ。今だっておそうじ手伝ってるもん」 「……うん、そうだね。暁はいいこだよ。おそうじなんてオレより上手だもんね」 「お兄ちゃんがへたくそなんだよ」 「あはは、厳しいなあ」  夕陽は苦笑してしばらくうーん、と考え込んだ。それから暁斗の手をぎゅっと握り返して告げた。 「じゃあ、やってみようかな。暁にかっこいいって言ってもらえるように頑張るね」 「うん!」 「バイトってことになるから、お金ももらえるし、そしたら暁に好きなもの買ってあげる」 「ほんと?やったーっ」  ぎゅうっと抱きつくと夕陽も抱きしめ返してくれた。  いつも家族を優先する夕陽が甘えてくれるのが嬉しくて、夕陽のかっこいい姿をたくさん見られると思うとわくわくした。  その後両親とも話し合い夕陽はモデルのバイトを始め、週に何度か帰りが遅くなることがあった。とは言え、学生の身で事務所も学業を優先してくれて夕陽が心配していたほど成績は落ちず、家で過ごす時間もあった。  雑誌に初めて夕陽が載っているのを見た時、暁斗ははしゃぎまわって夕陽が照れるほどだった。  初めてもらったバイト代で夕陽は約束どおり暁斗の好きなものを買ってくれると言った。 「暁、なにがほしい?」  休日のショッピングモールに二人で出かけ、いろいろなお店を見て回った。おもちゃも本も洋服も好きなものはたくさんある。でも、せっかく夕陽に買ってもらうのだから特別なものがほしかった。 「あっ……!これがいいっ」 「これ……?」  暁斗が目に留めたのはアクセサリーショップのピアスだった。 「うーん、これはまだ暁には早いんじゃない?」 「でもこれがいいっ」  理由なんて単純だ。その頃夕陽はもうピアスホールを開けていて、左右の耳に小さなシルバーリングのピアスを着けていた。全く同じものではなくても似たものがほしい。暁斗がその時指さしたのは夕陽が着けているものによく似ていた。小学生が持つには高価で、でも夕陽がバイト代から払うには問題ないものだった。 「暁、耳に穴開けてないだろ?」 「ぼくも高校生になったら開ける!それまでは大事にとっておくから」 「それでいいの?」 「うん、それでいい」  本当にいいのかなあ、と言いたげに見つめられて、大丈夫、と暁斗はうんうん頷いた。  念願叶ってピアスをプレゼントしてもらい、暁斗は毎日それを眺めて過ごした。母にすこし呆れられはしたものの取り上げられはしなかった。暁斗がどれだけ夕陽にべったりなのかを知っていたし、夕陽が暁斗のために、と買ったものには違いなく、取り上げる理由なんてどこにもなかった。  いつかこのピアスをつけて自分もお兄ちゃんと同じようにバイトをして、ピアスをプレゼントしてあげよう。暁斗はそう心に決めてひとまず母の手伝いをしておこづかいを貯めることにした。
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