フェイク(短編)

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 学生の頃の記憶には、教科書の表紙ばかりが浮かぶ。  数Ⅰ、数Ⅱ、古文、世界史……机の上に揃えた次の授業のそれを意味もなく見つめて、耳だけはじっとそば立てて隣の席の会話を盗み聞いている。 「たまたまおすすめで出てきた動画、すごい面白かった」「えーなんてやつ?」  よく覚えておいて、家に帰ったら真っ先に検索をかけてみる。他にも面白そうな動画がいくつも出てくる。私には自分の部屋があったから、好きなだけ動画を見れたし、それで成績が下がっても寝不足になっても、怒られたりはしない。両親は私に興味がなかった。  次の日、いつも通り教科書を準備してから席を立つ。  会話をしていた子たちの中でも、リーダー格の子ーー友達が多くて人気もあるーー目当てのその子は席で1人だった。私はそばまで行って話しかける。 「試すべしシリーズって知ってる? 面白いから教えてあげたくて。昨日、あの配信者の動画好きだって言ってたから」 「えっ……? あ、そうなんだ、見てみるね」 「うん」  会話はそれだけで終わって、私は席に戻る。 (失敗した)  もっと教えて、と彼女は言うと思っていたし、そしたら、クラスのみんなが私の話を聞きたがるはずだった。  だけど何も変わらなかった。また机の上の教科書を意味もなく見ている。いくら見つめても、教科書は私を見つめ返したりしない。   (誰も私を見ていない)  私は、今この教室にいるけど居ない。足元に突然ぽっかり穴が空いて、そのまま落っこちてしまったみたい。だから誰も私に気が付かない。  家でも学校でもそうなんだ気づくとき、私の頭は無感情で冷静で、だけど身体は一瞬だけ浮遊を感じる。絶叫マシンに乗ったときの爪先から迫り上がる非現実。現実から切り離されていく感覚。
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