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一体、この子は……――――?
ミヤを追っていたものが消え去り、子供はくるりと身を翻し、鎌を突きのばす。切っ先が、ミヤの喉元をとらえる。
突然のことに、ミヤは身動き一つとれず。ただただ身体を震わせた。
「あれ、キミ、生きてる―――?」
少し低音の大人びた少年の声が、問うた。
生きているのか、おかしな事を聞く少年だ。
足も、手も、身体も存在している。
僕は生きている。死にそうではあったけど。
もしかして、霊にみられているのか。
生きてる、という点において即座に答えの出たミヤは首を縦に振った。
「ごめんね。まさか生者がいるとは思わなくて」
納得してくれたのか、少年は鎌をひっこめて、立てかけるように持ち直す。
そうしてから、再びミヤに質問をした。
「ボクは生まれてからずっと此の街にいるんだけど、大量の悪霊に追いかけられる子には初めて会った。もしかして君は、此の街の外からやってきたのかい?」
ミヤは首を横に振った。生まれたときからずっと此の街ナイトレイ王国円形都市バベル暮らしており、街の外に出たのも片手で数えられるほどしかない。
「ずっと此の街で暮らしてる」
「此の街で……ずっと? 今まではこんなこと、なかったよね?」
「……う、うん」
「こうやって彼らに追われるのは初めて?」
「はじめて、じゃない……二、三日前から……」
「二、三日前……もしかして、キミの大切な人が亡くなった?」
ぴくり。ミヤは肩で反応を示す。
少年の言うとおり、四日前、ミヤの祖母、ヘレン・ルーファスが亡くなったばかりだったからだ。
ヘレンは、父方のルーファス家の者だったが、とても物静かで優しい人だった。
おかしなものをみるミヤにも優しい眼差しを向けて、頭を撫でてくれる。本当に心の底から優しい人だった。
「そっか……そういうこと」
少年は一人納得したのか、それ以降質問責めにすることはなかった。
「あ、あの……君は、一体――――」
何者なの――? と紡がれるはずのミヤの言葉がかき消された。
おぞましい叫び。
憎悪。悲痛。渇望。
呻きが何度も何度も、消えては響く。
「悠長に話してる場合じゃなさそう」
少年は再び鎌を構えた。
「あぁ、キミは本当に可哀想なほどおいしそうな匂いをさせる―――また、こんなにも集まってきた」
少年の視線の先、ミヤの背後にはおびただしい亡霊が蜂の巣の子みたいにうじゃうじゃと這い出る。
「……っ!?」
背筋が凍る。突き刺さる視線にミヤはおびえ、身体を震わせた。
逃げないと、逃げないと逃げないと。
身体が動かない。
腰が、足がたてない。
ミヤが慌てふためいている中、少年は音もなく近づき、あるものを手渡した。
「これ持って、そこにいて」
手渡されたものは、長い紐に括り付けられたペンダント。大きな星の形をした綺麗な石。
ミヤが手にした途端、星が淡く瞬きを放つ。
それはとても温かく。
涙を流す心を穏やかにさせていく。
「その石はキミを守ってくれる。だから、決して動かないように―――でないと、間違えて切ってしまうかもしれないよ」
少年は力強く地面を蹴り、空に舞う。
無数に漂う亡霊を手に持つ鎌で切り裂く。
容赦なく、次々と。
風が吹くように。
花弁が舞い散るように。
瞬く星の光のように、灯を灯し、暗闇を切る。
すべてを切り裂いて、少年は静かにたたずみ、手にした鎌の持つ先をトンと地面に打ち付けた。
大地より青い光が生まれあふれる。
――― 神々の導き手よ。鳥籠の街を彷徨い堕ちた魂たちに救済を。
「葬送」
ふわり。
光が舞って、空へと泡のように消えていく。
神のもとへと導かれるように淡く、儚く、天へと昇る。
「これでしばらくは亡霊たちも静まる」
少年は視線を戻し、ミヤのまっすぐに貫く目線に目を合わせる。
「生者は眠る時間。キミももう眠らないとね」
送るよ。と付け加え、座ったままのミヤに手を伸ばす。ミヤは手を取るか逡巡したが、今一人で帰ったところでまた同じ繰り返すだけだと思い、少年の優しさに甘えることにした。
「そうだ、キミの名前は?」
「僕は、ミヤ。ミヤ・ルーファス。君は――――」
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