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 無理もない、と彼は思った。ちょっと動くたびにああ口を出されては、誰だってやる気をなくしてしまうだろう。    庁舎に来る外の人は、何かしらの事情を抱えていることが多い。そんな人たちを慰めるためか、あるいは中の人々の疲れを癒すためか、庁舎の入り口へと続く道には桜が植わっている。  彼の立っているのは入り口からすぐのところなので、外がよく見えた。彼は時折り首を巡らして、外を眺めるのが好きだった。  彼女のいる出張所は、壁際の少し奥まったところにあった。だから彼女のところからでは、桜が枝葉をしならせて運んでくれる、外の風を感じることはできないだろう。  彼は彼女をかわいそうに思った。    彼女の座っているところからは、彼が立っている様子がよく見えた。なぜなら彼のいるところは、彼女のほぼ真向いで、彼女の仕事は座って前を見ていることだったから。
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