初めての夜

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初めての夜

彗ともっと進展したい。 そんな欲求が芽生えてからというもの、俺は男同士の恋愛と性行為について自分なりに色々調べてみることにした。 その結果分かったことだが、やはり女性のように受け入れるための器官はないため性行為をするには色々と準備が必要だということ。 また、もし仮に行為に及べたとしても必ずしも受け入れる側が気持ち良くなるとは限らないらしいという事実も判明した。 「痛そう……」 俺はベッドに寝転がりながら、スマホで検索したゲイカップルの体験談をスクロールしていく。 そして画面いっぱいに表示された生々しい描写の数々に顔をしかめた。 そもそも彗を上手くその気にさせられなかったらどうしよう。 多分、彗のやつも俺と同じ気持ちだろうけど、俺が思っている以上にあいつは臆病だ。 正確には俺を傷つけない方法を探して迷走する傾向にあると言えばいいのか。 きっと今度も彗の方から行動を起こすことはないのだろうな。 別に彗がそういうつもりならそれでいい。 そんなところが気に入らないわけじゃないけど、もう少し強引に迫ってくれてもいいのにとは思うが。 俺はスマホを枕元に置きながら溜息をついた。 明日からお互い三連休だ。 つまりそういうことをするには絶好のチャンスということになる。 だけど、生憎俺には経験値があまりにも足りなさすぎる。 女性とすらそういった行為をした事がないのだ。 とりあえずネットで調べて知識はつけたものの、不安なことには変わりない。 今夜の彗は仕事の付き合いで飲み会だと言っていたから、帰ってくるのは深夜か明け方になるのだろう。 だから今日は俺が心の準備をするために使うことにしようと思った。 俺がこんな悶々とした気持ちで計画を立てているなんて夢にも思わないんだろうな、あいつは。 *** 翌日。 彗は結局帰ってくるのが明け方になってしまったらしく、昼過ぎまでぐっすりと眠っていた。 そのおかげで色々と準備をすることができたので、ある意味好都合ではあったけれど。 夕方になり、2人で食材の買い出しに出る。 夕飯はなににしようか、とかそんな些細な話をするだけでも俺の心は幸福感で満たされていく。 肌を重ねなくても、こうして一緒にいられるだけで十分幸せだ。 そんな考えがつい浮かんでしまう。 最後の一線をこえてしまったら、この関係が変わってしまわないだろうかという不安もまだ残っているのも事実だから。 欲張りな自分に呆れながら、俺は小さく息を吐いた。 それから数時間後。 ついに決戦の夜がやってきた。 夕飯の洗い物を終え、早めに風呂も済ませた俺は寝室でそわそわと彗を待っていた。 体は念入りに洗ったし、下着も新品のものを着用している。 ローションやスキンの準備も抜かりない。 後は風呂から上がった彗が寝室に来るのを待つだけだ。 ネットで調べた「夜の誘い方」を何度も頭の中で反芻する。 大丈夫、完璧にシミュレーションはできているはずだ。 シミュレーションは。 「瞬ちゃん」 不意に名前を呼ばれ、ハッとして顔をあげるとそこには風呂上がりの彗がいた。 いつもより少し紅潮した頰と、濡れてしっとりとした髪はなんとも色っぽくて目を奪われる。 「あれ、明日休みなのに夜更かししないんだ」 珍しいね、と続けながら彗はそのままベッドに腰掛けた。 「まぁ、たまには」 「そっか、最近忙しかったもんね」 だめだ。 このままではいつもと何も変わらない。 そんなことを考えていると、彗の手が俺の頬に伸びてきた。 そのままそっと頰を撫でられる。 「ふふ、かわいい」 彗は満足そうに微笑みながら俺の顔を覗き込んでくる。 「じゃあ、寝る前に少しだけぎゅーってしてもいい?」 甘えた声で言いながら、彗は俺の返事を待たずに俺を抱きしめた。 ふわりとシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。 俺も彗の背中に手を回し、優しく抱きしめ返した。 しばらくお互い無言のまま体温を確かめ合う。 どれくらい経った頃だろうか、先に沈黙を破ったのは俺だった。 「……彗」 「なぁに?」 俺は思い切って体を離すと、彗の唇にそっと口づけた。 触れるだけの、短いキス。 普段、俺の方からすることはあまりないから彗は少し驚いた表情を見せた。 「瞬ちゃんからしてくれるの珍しいね」 「……別に。そういう気分なだけだし」 俺が誤魔化すように視線を逸らすと、彗は優しく微笑んでくれた。 そして、もう一度俺を引き寄せて唇を重ねてくる。 キスに上手い下手があるなんて知らなかったけれど、少なくとも彗のキスは気持ちが良い。 何度か角度を変えながら啄むような口付けを交わす。 やがてどちらからともなく唇を離すと、彗は目を細めて笑った。 「えへへ、もう。寝るんじゃなかったの?」 いつもより少しだけ上擦った声に愛おしさが込み上げてくる。 この余裕そうな表情を崩したい。 そんな欲求がふつふつと湧き上がるのを感じた俺は思い切って口を開いた。 「……彗、さ。今日疲れてたり、する?」「え?」 唐突な質問に、彗は少し面食らったような表情を浮かべた。 心臓がばくばくと音を立てる。 もっとスマートに誘うつもりだったのに、いざ本番になると緊張して思うように言葉が出てこない。 「えっと、疲れてるように見えた?」 彗は首を傾げながら俺の顔を覗き込むように見つめてきた。 その眼差しに射抜かれるとうまく声が出せなくなりそうで、俺は視線を泳がせながらなんとか言葉を探す。 いつもは俺が何も言わなくてもすぐに俺の心を暴いてしまうくせに、こんな時に限って何も察してくれない。 焦れったくて、でもそんなところが愛おしくて頭がおかしくなりそうだ。 大丈夫だよ、と告げて俺の頭を撫でくり回す彗の手首を掴み、そのまま自分の胸元へ持っていく。 「も、もっと……触れば?」 恥ずかしさに耐え切れず、最後の方は蚊の鳴くような声になってしまった。 しかし、ちゃんと意図は伝わったようだ。 彗は一瞬驚いた表情を見せたあと、すぐに顔を綻ばせた。 「じゃあ、遠慮なく」 そう言うと彗はもう一度俺を引き寄せて唇を重ねてくる。 彗の手が俺の内腿をゆるり、と撫でる。 そして服の上から足の付け根の際どいところをすりすりと擦られて、それだけでもう変な気持ちになってくる。 「……ん、」 唇が離れたタイミングで思わず吐息混じりの声が漏れてしまう。 そんな俺を見て彗は満足そうに笑うと、今度は首筋に唇を当ててきた。 俺も負けじと彗のシャツの中に手を伸ばす。 「ふふ、瞬ちゃんのすけべ」 そう言いながらも彗は俺の手を払いのけようとせず、むしろ自分から俺の手を誘導するようにして己の腹筋を撫でさせた。 程よく引き締まった筋肉を指先でなぞると、彗はくすぐったそうに身を捩らせた。 「彗だって同じだろ」 「うん。今すっごく興奮してる」 そう言って、彗は俺をゆっくり押し倒すようにしてベッドに沈めてきた。 「瞬ちゃん、かわいい」 いつもより低く掠れた声で囁かれる。 それだけで心拍数が跳ね上がり、体がじわじわと熱を帯びていく。 彗は遠慮がちに俺の服の中に手を入れてきた。 ここまできてまだ躊躇しているのか、緩慢な動きで俺の胸をまさぐってくる。 「……あの、瞬ちゃん」 「なに」 「……瞬ちゃんが嫌じゃなかったら、だけど。今日は最後まで、したい……です」 彗はそう言いながら、窺うように俺の表情を覗き込んでくる。 心臓の音がうるさい。 「とっくにそのつもりだけど」 言い終わると同時に、もう一度柔らかなキスが降ってきた。 そしてゆっくり離れて行く。 「彗?」 「あのね、今日こんなふうになるって思わなかったから……俺、何も準備してなくて」 ちょっとコンビニ行ってくるね、と気恥ずかしそうにベッドから降りようとし始める彗を見て、俺は慌てて引き止めた。 「待てって」 「でも、」 「……あるから」 「へ?」 「ゴムとローションなら、あるから。……ちゃんと、準備してある、」 耳まで真っ赤になった俺を見て、彗も同じように顔を赤く染めていた。 頭から湯気が出そうなくらい顔が熱い。 ベッド脇にあるサイドチェストの1番下の引き出しから目当てのものを探り当てて、シーツの上に置く。 「……本当にいいの?」 「さっきまであんなにノリノリだったくせに今更怖気付くなよ」 「途中で嫌になったら言ってね」 恥ずかしさを誤魔化すように、俺は彗の胸ぐらを掴んで引き寄せてキスをした。 照れ隠しにしてはあまりにも可愛くないキスだったけれど、彗は何も言わずに俺の頭を抱き寄せて応えてくれた。 何度も啄むような口付けを交わしながらお互い服を脱がせ合う。 一挙一投足全てがぎこちない俺とは対照的に、彗の手つきは手慣れたもので、あっという間に下着姿にされてしまった。 心なしか、俺の不慣れな動作を喜んでいるような気がする。 というか絶対そうだ。 彗に押し倒されながら、どうやってこの余裕そうな表情を崩そうかと考えを巡らせる。 「電気消そっか」 彗は俺の髪を優しく撫でながら言った。 俺が小さく頷くと、彼は部屋の照明を落としてくれた。 「……彗」 「うん?」 彗の首に腕を回し、耳元で囁くように名前を呼ぶ。 「その、俺。経験ないけど……優しくするから」 「……うん??」 「痛かったらすぐやめるし」 「んん???」 薄暗い部屋の中で彗の頭がこてんと横に倒れた気がした。 「えーっと?あのさ、瞬ちゃん」 彗は少し困ったように笑いながら俺の頬をむにむにと揉むようにして撫でた。 「優しくするのは俺の方だからね?」 「え、どういうこと」 予想外の発言に俺は思わず固まってしまう。 俺の上で彗が「うーん」となにやら考え込んでいるような素振りを見せた後、意を決したように口を開いた。 「瞬ちゃん、もしかして俺のこと抱くつもりでいた?」 「……そう、だけど」 むしろそれ以外なにがあるんだ。 彗に抱かれるなんて想像もできないし、自分がそっち側になるという発想もなかった。 「ごめん。俺、瞬ちゃんのこと抱きたい……って思ってた」 彗は俺の頰に手のひらを当てたまま、申し訳なさそうな声色で告げる。 「……はぁああ!?」 思わず声が裏返ってしまった。 いや、だっておかしいだろ。 確かに俺の方が小柄だけど、彗の方がずっと美人だし、女性らしい柔和な性格だし。 なにより、俺なんかより彗の方がずっと色っぽい表情をするじゃないか。 なのになんで?なんで彗が俺を? 「いや。ちょっと待て彗」 俺は彗の胸を押し返しながら体を起き上がらせた。 そしてリモコンで再び部屋の明かりをつける。 「こういう大事なことはちゃんと話し合わないと」 先ほどまでの甘い雰囲気はどこへやら。 これから討論でも始まるかのような空気感だ。 ベッドの上にパンツ一丁の成人男性がふたり、神妙な面持ちをして向かい合っている姿はかなり滑稽だろうが、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。 俺たちの夜はまだまだ始まったばかりだ。
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