背徳感

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 彼女は知らない。私の秘密を。  絶対に知られてはいけない秘密。  もし誰かに気づかれてしまえば、全てが終わる。何もかも全てが。  その背徳感がたまらなかった。  親友の旦那と自分の家のベッドで行うセックスほど感じるものはなかった。  それは和真も同じようで、行為中も何度も「この心が締めつけられる感覚、ヤバいよな」と話していた。  情事を終え、いつものように二人で軽くシャワーを浴びていたとき、ふと彼が私の背中を指で触ってきた。 「なに?」 「いや、ここさ、赤くなってる。虫に刺された?」 「え、どれ?」  私は後ろを向いて浴室にある鏡を見た。確かに、白い肌に小さな赤い丸が浮かび上がっている。背中の肩甲骨の左側。 「なにこれ、最悪」 「痒くないの?」 「全然。痛くもないし」 「ふーん。薬でも塗っておけば治るんじゃないか?」 「そうだね。ありがと、見つけてくれて。キスマークじゃなくて安心した」 「するかよ、そんな危ないこと」  浴室で笑い合うと声が反響する。シャワーの音がかき消されるぐらいに。    浴室から出てバスタオルで体を拭いたあとは、すぐにそれらを洗濯にかける。乾燥機も常備してあるから、乾かしていつもの棚へ置けば証拠は何も残らない。  お昼前に彼は出て行った。  こんな生活がもう半年続いている。  私は最低な女だ。何度もそれを自覚する。  唯からの電話は定期的にあって、私はいつも彼女を励ます。心の中では嘲笑いながら。  学生の頃から私は彼女に嫉妬していた。  誰もが羨むあの美貌。男子の話題はいつも唯に集まり、彼女を手に入れようとする争いは常にあったように思う。  街を歩けば誰もが振り返り、声をかけてくる。それを不機嫌そうに無視する彼女は、すでに芸能人のような存在だった。  私だって美人の部類に入るはず。唯と一緒にいるから劣るだけで、他の不細工な友だちと一緒のときは私の方が目立つのだ。 「真知子は美人だから」お世辞にもならない言葉を平気で言う彼女のことは、正直に言って好きにはなれなかった。  じゃあどうして仲良くしているのか。  私は彼女が付き合う男性をいつも狙っていた。  大概の男は彼女の容姿に見惚れて交際を申し込むのだが、付き合って半年もすれば彼女の面白みのなさに気づいてしまう。美人であるという特徴を持っているだけで、性格は至って真面目。普段も聞き役に徹していて、自分のことをあまり話さない。  秘密を抱えているわけじゃないが、トーク力が乏しいのだ。何を話せばいいのかわからなくなってしまい、会話が続かないと何度か相談を受けたこともある。 「大丈夫だよ。唯はただ笑ってるだけでいいんだから」  そうアドバイスを送ると、彼女はニコッと微笑んで「ありがとう」と言うのだ。  唯の恋人は大抵交際が半年も過ぎれば飽きてくる。美人ということだけしか特徴のない彼女への不満。そうなったらもうこっちのもの。私は彼の愚痴を聞くふりをして近づいていき、簡単に股を開く。  唯の恋人を寝取るという行為がたまらなく快感となっていた。背徳感。これがやめられない麻薬のようなもので、それを求め続けている。底なしの沼に嵌るみたいに深みに沈んでいくのが最高に気持ちよかった。
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