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その夜、気持ちよく酔った私は、帰宅すると、化粧だけ落として、そのまま眠ってしまった。
泣くことも怒ることもなく、ぐっすりと気持ちよく眠れた。
本当なら、一晩泣き明かしてもおかしくなかったのに。
それから、毎週金曜日には中山くんから誘われるようになった。
お洒落なバーの時もあったし、気取らない居酒屋の時も、落ち着いたレストランの時もあった。
そうして、ふた月近くが経った頃、私たちが会社近くのバルでお酒を飲みながら食事をしていると、数人の男性客が入ってきた。
っ! 弘樹!
弘樹が同じ課の人たち数人と入ってきたのだ。
「お、山崎!」
私たちが付き合ってたことを知らない中山くんは、偶然出会った同期に当然のように声を掛ける。
「あ、中山……と、橋本……」
私を目に留めた弘樹は、うろたえたように声がトーンダウンする。
が、それも一瞬で、口の端でニヤリ含み笑いをする。
「なんだ、そういうことか」
独り言のように呟く弘樹。
これ、絶対勘違いしてるよね!?
勘違いしてることは分かるものの、今、言い訳をするのも変だし、そもそも、私の話を聞かずに一方的に振った弘樹に今回の誤解を解いたところで、無意味でしかない。
一方、中山くんは、弘樹の誤解に気づかないのか、普段通りの感じで話しかける。
「よぉ、おつかれ!」
2人が話してるのを見て、弘樹の同僚たちは、「先に席に行ってるから」と言い置いて案内に従って奥へと進む。
「あ、そういえば、山崎、お前、二股やめて、取引先の社長令嬢と結婚するらしいじゃん!」
えっ?
私は中山くんの言葉に耳を疑った。
どういうこと!?
「あ、いや、それは……」
弘樹は明らかにうろたえている。
「逆玉だな。おめでとう!」
中山くんは屈託のない笑顔でお祝いを言う。
「あ、ありがとう」
弘樹はうろたえながらも、お礼を言う。
お礼を言ったってことは、結婚は事実ってことよね?
「山崎くん、二股掛けてたの?」
私は、極力平静を装って尋ねてみた。
返事に困った弘樹は目を泳がせる。
「そうなんだよ。こいつ、彼女がいたらしいんだけどさ、取引先で受付嬢やってる社長令嬢から告られて、ずっと二股掛けてたんだよ。悪い男だろ?」
ずっと?
私が知らなかっただけで、ずっと二股だったの?
「あ、いや、それは……」
弘樹は、言葉にならない言葉を発する。
「何度聞いても、彼女の名前を言わなかったのは、浮気がバレないようにするためだったんだろ?」
えっ?
「付き合う時から浮気した時のことを考えて動くなんて、常習犯だよな」
どういうこと?
「でも、ま、社長令嬢相手じゃ、もう浮気はできないな。自重しろよ」
いつになくペラペラと喋る中山くん。
つまり、最初から浮気した時のことを考えて、みんなに内緒にしようって言ってたの?
仕事がやりにくいっていうのは嘘?
私は、自分の中に沸々と怒りが沸いてくるのを感じた。
私のことを二股呼ばわりしておいて、何よ!
……でも、いいわ。許してあげる。
結婚してから、浮気されることを思えば、その前に別れてくれた方がいい。
もう未練なんてないし。
そんなことを思っていると、うろたえておろおろしてた弘樹が口を開いた。
「俺、上司と一緒だから、行かなきゃ。またな」
弘樹は逃げるように奥の席へと去っていった。
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