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その日の帰り、私がエレベーターを待っていると、隣に中山くんが並んだ。
「橋本、今、帰り?」
「うん」
ありふれた日常会話。
「じゃ、飲みに行こう!」
何が「じゃ」なのか分からないけど、中山くんが言い出した。
きっと今日は帰ってもめそめそ泣くくらいしかできない。
だから、私は、中山くんに誘われるまま飲みに行く。
けれど……
「いつもの居酒屋じゃないの?」
中山くんは、いつも同期で行く焼き鳥がおいしい居酒屋の前を通り過ぎようとする。
「今日は同期に会わないとこで飲みたい気分なんだ」
あ、確かに私も弘樹には会いたくない。
私たちは駅の反対側に新しくできたワインバーへ入った。
2人でワインを飲み、酔いが回って来たところで、私はつい愚痴をこぼす。
「私ね、失恋したの。それも、私が二股掛けてるって勘違いされたまま、一方的によ? ひどくない? 私のこと好きなら、私の話をちゃんと聞いてくれてもいいし、もっと信じてくれてもいいと思わない?」
私はくどくどと同じ話を繰り返す。
「もちろん、好きなら、どんな言い訳も聞くし、どんな言い訳だって信じたくなるよ。そうじゃないってことは、相手の気持ちがその程度だったってことだ」
中山くんが言うことは正論で、認めたくないけど、きっとその通りなんだろう。
「大体、恋人がいることを隠したがるやつと付き合うのがダメなんだよ。俺だったら、絶対堂々と宣言する。宣言して、俺の女に手を出すなって、他の男に牽制しないと、危なくて仕方ないだろ」
中山くんも酔ってるのか、普段よりよく喋る。
「危ない?」
って何が?
私が首を傾げると、中山くんは、ツンっと私の額を人差し指でつつく。
「女に興味がない俺が惚れるくらいいい女だぞ? 他のやつも狙うに決まってる!」
中山さんが、さも当然と言わんばかりに踏ん反り返って言うので、私は思わず吹き出した。
「ふふふっ、何それ!? 確かに中山くん、女性の噂は皆無だけど。中山くん、実はゲイ?」
私がふざけて尋ねると、今度は拳骨で頭をこづかれた。
「バカ! 俺はストレートだよ。ただ、女なら誰でもいいってわけじゃないだけ」
そう言うと、中山くんは、グラスに残っていた赤ワインを飲み干す。
「でもさ、交際宣言なんてしたら、仕事やりづらくならない?」
だって弘樹はそう言ってた。
けれど、中山くんは軽くため息をついて答える。
「公私混同しなきゃ、別に大丈夫だよ。木下さんたちなんて、社内恋愛から始まって結婚までしてるじゃん。でも、別に周りは気にしてないだろ?」
確かに。
木下さんと佐野さんは、社内で誰もが知るカップルで、昨年8月に結婚し、佐野さんは現在妊娠6ヶ月。
特に目立って困ることもなさそう。
「ま、愚痴くらいいくらでも聞いてやるから、いつでも誘えよ。橋本1人くらいなら、奢ってやる」
中山くんは、くしゃくしゃと私の頭を撫でる。
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