第四章 学校 1

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第四章 学校 1

 俺は学生である。  いくら天才ピアニストだの、悲劇の主人公だのと呼ばれようと、死神に呪われたとしても、俺はどこまでいっても学生なわけで、学生とは学校に通うのが本分なのだ。 「もう十日ぶりくらいかな?」  前に登校してから十日が経過していた。  俺が高校に行けるのは、月に三〜四日程度。   「行ってきます」  俺は母さんに心配をかけまいと、普段通りに振舞うことにした。  あのプロデューサーの声が聞こえなくなってから、あの人が手がけている番組への出演は無くなったため、これからはもう少し高校に行けそうだ。  玄関を出て左側を見る。  僕が小さなころから立っている桜の木。  毎年春になると満開の桜を見せてくれていたのだが、親父が死んだ翌年からはそこまで咲かなくなってしまった。  今年はより一層咲かない。  咲いてもすぐに散ってしまう。 「俺と親父に何か恨みでもあるのか?」 「なんなの? 恨みって」  俺の独り言に答えが返ってくる。  登校できる前夜に、天音に連絡をするのは昔からの決まりだ。  一緒に行ける時は一緒に行く。   「天音おはよう。なんでもないさ」  俺は天音を置いて歩き出す。 「ちょっと待ってよ〜! 置いていくなら待ち合わせの意味がないじゃん!」  天音は至極まっとうなツッコミを入れつつ、俺の後に続く。  そしていつの間にか隣りにやって来て、俺の手をつかむのだ。 「もう子供じゃないんだから、変な噂が立つぞ?」 「もう立ってるけど?」 「マジ?」 「マジ」  どうやら手遅れらしい。  あんまり学校に行っていないため、俺たちがどういう風に見られているのか分からなかった。  しかし来るときにいつも一緒にいるせいか、俺と天音はそういう関係だと思われていたらしい。 「いいのか?」 「いいに決まってるでしょ! 真希人は自分が有名人である自覚を持ちなさい。アンタの隣りのポジションを狙っている女なんて、いくらでもいるんだから」   そう言う意味じゃないんだけどな……。  というより、それは俺も知っている。  うぬぼれでもなんでもなく、教室にテレビに出ている人がいたら、多少は話題にもなるし好意を寄せる気持ちも理解できる。    だから俺は天音が心配だった。  当然俺のことを良く思わない人だって一定数いる。  目立っている分、嫉妬ややっかみはいつまで経っても生徒たちの心の中からは消えないだろう。  前に下駄箱にそういった内容を示唆する手紙が入っていたこともある。  調子に乗っていると痛い目に遭わせるみたいな、脅迫文だ。  でも俺は大事(おおごと)にしなかった。  天音を心配させるわけにもいかなかったし、正直そういった類の事柄には慣れていた。  だけど天音は違う。  俺と一緒にいるというだけでマスコミに追いかけまわされたのと同じように、俺への嫌がらせ目的で、彼女を標的にしようと考える奴がいたっておかしくないのだ。 「はぁ……」 「こんな美少女と一緒に登校しているのに、ため息なんて贅沢よ?」  天音は悪戯っぽく笑う。  彼女の言うとおりかもしれない。  贅沢というものだ。  だからこそ彼女に危害が加わるのだけは避けなくちゃいけない。 「久しぶりに登校か? 売れっ子は違うな」  校門に着いたタイミングで、見知った生徒が話しかけてきた。  いつもそうだ。  なんとも嫌味ったらしくて、俺は正直苦手だ。 「悪いな、俺は忙しいんだよ。楽辺」  コイツは楽辺聡志(がくべさとし)。  俺らと同じ二年生で、吹奏楽部に所属している。  生真面目そうな顔つきに黒い短髪をきっちりと仕上げ、ほっそりとしたその体に似合わない不思議な雰囲気を放っている。  それでいてことあるごとに俺に難癖をつけてくるめんどくさい奴。  吹奏楽部ではトランペット担当。   「そうかいそうかい。彼女も同伴で登校とは良い身分だね」  ああそういえば、もうそうなっているんだっけ。  俺は一度ため息をつく。  想像以上にめんどくさいかも知れない。 「楽辺君おはよう! ここで話してると遅れちゃうよ?」  やや剣呑なムードになったところで、天音が割って入る。    楽辺はいつもそうなのだが、天音の言うことには素直に従う。  何か弱みでも握られているのだろうか? 「また部活でな」  楽辺はそれだけ言い残し、自分の教室に向かって歩き出した。   「毎度毎度めんどくさいな」 「そんなこと言わないの。有名税じゃない?」 「嫌な税だ」  俺は天音と一緒に教室に向かった。  教室に到着すると、クラスメイトの視線が一斉に注がれる。  視線の種類はさまざまだ。  好奇の視線、嫉妬の視線、嫌悪の視線。  ありとあらゆる感情が同時に向けられているようだった。 「おはよう」  俺は小さくそれだけ口にして自分の席につく。  ついた瞬間、隣の席のやつに話しかけられる。  放っておいて欲しいのに、誰もかれもが構ってくる。  俺が出たテレビの話や、一緒に出演していたテレビタレントがどうだのと、実に下らない話を延々と振ってくる。  いよいよ何か言ってやろうと声を上げる直前で、先生が入ってきてホームルームがスタートする。  いつもの風景。  月に何度か味わう気持ち。  ここにいる人間たちとは、完全に住む世界が違うという感覚。   「本当に……嫌になるよ」  俺はボソッと呟く。  誰にも聞こえないであろう声量で、本音をもらす。  朝のホームルームに続いて午前中の授業が終わり、昼休憩の時間。  いつも俺は家から弁当を持参している。  自分の席で広げていると、天音が颯爽と現れ、前の席の向きを変えてぴったりとくっつける。   「いつものお友達と一緒じゃなくて良いのか?」 「良いの良いの。みんなは私を応援してくれているから」  天音にも当然友人はいる。  ただ彼女の友人たちは、俺と天音が付き合っていると勘違いしているためか、俺がいる場合は俺を優先するように言ってくれるらしい。    月に数回しか会えないからと気を使っているらしいのだが、実際のところ家は隣り同士でお互いの部屋に行ったり来たりしている間柄、なんだかんだ言って毎日会っている。  それを天音は一切伝えていないらしく、俺たちは月に数回しか会えないカップルとして認知されているらしい。 「友人にまで嘘つかなくても」 「だってこっちのほうが都合が良いんだもん」  天音はそう言って笑う。  学校じゃなくたって会えるのだから、別に学校でまで一緒にいなくたって……。  いつも頭の中でそう思うのだが、彼女がどうするかは彼女の自由なので、俺はそれについては口出ししない。 「なあ天音」 「なに?」  天音は口いっぱいに弁当を頬張りながら答える。 「俺さ……吹奏楽部を辞めようと思うんだ」  俺の言葉を聞いた天音は、オーバーにむせ始めた。
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