白いゼラニウム

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「薫さん」  俺が呼びかけると薫さんが振り返る。顔はげっそりとして疲れがにじみ出ていた。 「馬場くん」 「……俺のせいですいません」  結局、悟さんは助からなかった。即死だったそうだ。母親は逮捕され、隆の殺害についても認めているそうだ。 「馬場くんが悪いわけじゃないよ。私が悟を繋ぎ留められなかったこと。お義母さんの信頼を得られなかったことが悪いんだよ」  薫さんは寂しげに悟さんのお墓にむかって呟く。 「悟さんは泉さんとは別れていたそうです。包丁の前に身を挺して助けに入れるなんて、薫さんはきっと愛されていたと思います」 「……馬場君は優しいね」  いつか聞いた言葉を薫さんは言って薄く微笑む。薫さんはお墓の前を離れると俺の横を通り過ぎる時に呟いた。 「本当にいろいろとありがとう」  そのまま振り替えることなく墓地を出て行く。その背中を見た時、全身に衝撃が走った。  それはただの思い付き。ありえない。ありえないと思う。しかし、その思い付きは妙に現実味があった。      なぜ、泉さんの息子が死んだ時は泣いて、隆が死んだときは泣かなかったのか。  それは隆が本当は薫さんの息子じゃなかったんじゃないのか?  本当の息子は泉さんが育てていた息子じゃないのか。  あの産婦人科は個人病院であまり大きな病院ではなかった。なら子供を入れ替える事だって出来ただろう。  なぜ、薫さんはそんな事をしたのか。  あの母親に悟さんの子供を殺させる為?  そもそも、母親が浮気を疑った理由は俺と何度もあっていたからだろう?  薫さんは結婚してからも度々俺に連絡をくれていた。  DNA鑑定を嫌がる素振りを母親に見せて子供が悟さんの子供じゃないと疑いを向けさせたのは薫さんだ。  確かに、隆はあまり言葉を話すのが上手くはなかった。  でも、本当に馬場をパパと言い間違えるだろうか?   確かに俺の前で間違えて呼ぶことは多かった。  でも、悟さんのことは「お父さん」と呼んでいたのだ。  薫さんは悟さんのことを「お父さん」と呼ばせ。俺の事を「パパ」と呼ぶように教えていたんじゃないのか?  自分が家を留守にすることを母親に伝えて隆と二人きりにするようにできたのは薫さんだけだ。  そもそもベランダに向かう扉の鍵は掛け忘れたのではなく、開けて置いたんじゃないのか。  隆は留守番をする時にベランダ側の窓から薫さんを見送る習慣があった。  母親がくるタイミングを見計らって家を出てベランダに隆が来るように誘導し、母親と隆を二人きりにしたんじゃないのか。  ありえない。そう思えば思うほど、妙な事が思いつく。  悟さんが死んだ日もそうだ。悟さんを刺した包丁をテーブルの上に置いたのは薫さんだ。  俺の向かいに座っていた薫さんは二人が来ると席を立つことで二人を横並びに座るように仕向けていた。  奥側の席、俺の正面に座るように椅子を引いて誘導していた。  そうすることで、母親が自分の正面に座り包丁を取りやすい席に座らせた。  そして、逆上した母親が包丁を持って襲い掛かってくること。それを悟さんが庇うこと。  それを全て予想していたとしたら。  馬鹿馬鹿しい。  そんな事。あるわけがない。   自分にそう言い聞かせて、悟さんのお墓に手を合わせる。  その墓の前に薫さんが持ってきたであろう花が供えられていた。  白いゼラニウムとスノードロップ。  お供えの花としては異様な組み合わせ。  それを見て俺は墓地の出口を振り返る。すでにそこに薫さんの姿はない。  白いゼラニウムとスノードロップの花言葉は  「私はあなたの愛を信じない」「あなたの死を望みます」  つまり、薫さんは暗に言っているのだ  「」    
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