花乙女は愛に咲く

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* 潮の香りがする。 揺られ続けた馬車の中で、ウエルトの村で漁師と話した時の記憶からリンファスはそう感じた。既に窓から陽の出の気配を感じていた。 オンガが言っていた夜明けは直ぐそこのような気がした。 ガタン、と馬車が止まる。ギっと音がして馬車のドアが開くとリンファスはオンガに担ぎ上げられた。 そのまま岩だらけの場所を歩き、崖の脇に造られた階段を降りていく。 地下に降りて暗闇になったリンファスの目に見えたのは赤い船の船体の横で、オンガの大きな足が木のタラップを踏んだ。 岩のごつごつした岸と、赤い船体に波が打ち付けている。その間を、オンガに担がれて運ばれた。 (あ……、あ……、陸から離れてしまう……) ウエルトの村とインタルしか知らないリンファスにとって、遠くから眺めているわけではない海の上は未知と恐怖の場所だった。 自分はこれからどうなってしまうのだろう。二度とアディアの地を踏めないのだろうか……。 花は落ちる。落ちては咲く。 視界に影が差し、屋内に入ったのが分かった。 バン! と大きな音をさせてオンガがドアを開けた狭い部屋に、担いできたリンファスを転がす。 どん、と背中が壁に当たって、リンファスは呻いた。 「グスタンに着いたら直ぐに競りだ。向こうで買い手の金持ちがワクワクして到着を待ってるぜ」 そう言ってしまうとオンガはドアの外に消えた。部屋には小さな明かりとりの窓がひとつあるだけで、あそこから人間は出られない。 そもそも縛られた手足もどうすることも出来ない。 リンファスは自分の置かれた状況を把握して、絶望した。 その時。 「大丈夫ですか……?」 恐る恐る話し掛けられた小声に、リンファスははっと声の方を向いた。 見ると其処にはリンファスと同じように手足を縛られた花乙女があと二人、居た。 この子たちも館から攫われたのだろうか。そう思ってリンファスは、這いつくばったまま身を捩りながら、その子たちの方へ近づいた。 「貴女たちは……? インタルから連れてこられたんですか……?」 「インタル……。王都のことね……。 私はインタルより南の方の街のパントスに住んでたの……。ハティの中の唯一の街なの。 突然家にさっきの男の人とは別の大きな男の人が押し入って来て、お父さんとお母さんを跳ね飛ばしたの……。 それで私を抱えて、私を此処まで連れてきたの……」 青い顔をして言うのは、まだ子供の花乙女だ。白い花を身に着けており、今までのハンナとケイトの話を総合すると、まだインタルに召し上げられてない少女なのだということが分かった。 「じゃあ、貴女は?」 リンファスがもう一人の、リンファスと同じ年頃の少女に声を掛けると、少女は泣きながらリンファスに話した。 「此処は何処……? ベルハの岸を出てから三回、泣きながら寝たわ……。この船はどのくらいの速度で走ったのかしら……」 速度は分からないけど、場所なら教えられる。ハンナに聞いた通り、此処はアダルシャーンのアディアだと言うと、少女は顔を青くした。 「学校で習ったわ……。ベルハのあるフォントリの隣の国ね……。グスタンはアダルシャーンとは別大陸だわ……。 さっきの人たちは海を渡り歩いているの……? 競りって何……?」 グスタンはアダルシャーンとは別の大陸のことなのか。この少女には色のついた花が着いている。 どうやらオンガたちは海を自由に行き来して、あちこちの大陸で花乙女を攫っているらしいことが分かった。 「グスタンというところでは、花乙女がお金持ちの観賞用に買われているらしいんです……。競りというのは、その為の競売のことじゃないかと……」 言葉にすると、改めて自分が置かれた身の上を改めて認識する。人売りに攫われてしまったのだ。逃げる術はない。 リンファスの運命は決まったのだ。
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