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「由花。……帰れと言ったのに」
「何で言ってくれなかったの」
「俺はもうすぐ耳が聞こえなくなる。触覚も無くなって歩けなくなる。会っても由花を認識できない。自分の頭の中に閉じこめられるんだ。カタツムリが家に閉じこもるみたいに。付き合えない」
「そんなの喜一が一方的に決めることじゃないでしょう?」
「だから最初に3か月だけと言ったじゃないか!」
いつも穏やかな喜一が初めて上げる強い語調はまるで悲鳴に聞こえた。それでため息をついて、微笑んだ。いつも見るこの微笑みはその度に何かを諦めて次々と今を思い出に変えていたんだと気がついた。でもこれじゃそもそもカタツムリに詰める思い出を作るために付き合ったようなものじゃないか。
別れるとか会えないとか、喜一の主観的には同じかもしれないけれど、それじゃ私がその中に最初から入ってない。
でも今のが本当の喜一だとしたら、私が喜一を見たのは告白にオッケーした時と今だけで、一度も本当の喜一と付き合ってないじゃない。
全部が全部、最初の告白と一緒で一方的な通告。
「嘘つき。留学って私を騙したでしょう?」
「……いなくなるなら同じだ」
「全然同じじゃない。喜一が会えなくても私は会える」
抱き締めると喜一の拍動が聞こえた。抱き返された。まだ確かにここにいる。
「私と付き合って。期間は私が許すまで」
「許すまで?」
「そう、ずっと騙してたこと。断られても喜一が認識できなくなっても会いに来るから」
了
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