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それは恋に落ちるのに時間は関係ない。そう思える3ヶ月。
喜一はため息のように笑う奴で、静かだけど思ったより、随分前向きな奴だった。デートで予定した店が臨時休業だった時も気にせず別の店に行こうと言い、評判の店や映画がイマイチならさっさと見切りをつけて別の所で遊んだ。そのさっぱりとした切り替えの仕方がなんだか爽やかで、いつしか喜一と一緒なら人生楽しそうだなと思うようになっていた。つまりそういう事。
何度目かのデート。最近評判のイタリアンでワインを傾ける。少しだけ酔っ払っていた。
「ねぇ、何で私なの?」
「何で? ……楽しそうな所が好きなんだ」
「楽しそう?」
「今も美味しそうに食べてる。どんな味か教えて?」
目の前の皿に目を落とす。砕いたアーモンドの粉をつけて揚げた鰯のフライ。サクサクとした食感とローストされたアーモンドの香ばしさが絶妙に鰯の大人びた風情にぴったりで、それにトマトとバジルのケッカーソースが絶妙な彩りと香りを添えている。
「本当に美味しいからだよ」
「俺は楽しそうな人が好きなんだ」
「それを言うなら喜一もでしょう?」
「そうかな……そう見えるなら、きっと由花が楽しそうだからだよ。楽しいのが伝染ったんだろ」
そういえば喜一自身はニコニコはしているけれど、凄く楽しそうかといえばそうでもないかもしれない。けれどもそれより話があった。
「もうすぐ3ヶ月だけど、延長しない?」
「延長? ああ。それは駄目だ」
その言葉に、思わず困惑した。それはこれまでの話の流れと同じようにフラットな音階で、当然のように吐き出されたからだ。それに戸惑って、何故だろうと思って、疑問を重ねた。
「留学をやめろってわけじゃなくてさ。帰って来てからまた会おうって話。ていうかそろそろどこに留学するかくらい教えてくれればいいじゃない」
「……留学は長引くかもしれないから」
「お互い好きな人ができたとかさ、それなら仕方ないけどそうじゃない間は付き合ってようよ」
「……帰ってきたら一度連絡するよ」
「そういう意味じゃなくて。……どうしてそんなすっぱり終わりにできるの」
そう言うと喜一はため息のように笑う。そんな風に笑うときに感じる妙な断絶。この笑い方は喜一の好きで、嫌いな所。今は嫌いに転がって、それが妙に許せなかった。それは店がいまいちだったらすぐに切り替えて他の店にいく。喜一のそんな態度になんだか繋がっているようで。
「本当にごめん。でも3か月が限界なんだ。怒らないで」
「そりゃ最初からその約束だけどさ。3か月たったから好きじゃなくなったわけ?」
「違う。一緒にいてますます好きになった。けど、どうしようもない」
「その好きをさ、しばらく持ち越すつもりもないの?」
「……持ち越したい。でも区切らないと生産的じゃない」
「私は生産的かどうかで付き合ってるわけじゃない!」
思わず少し大きくなった声に周りを見渡し、それで再び喜一をみたけれど、変わらず喜一は笑っていた。喜一は戻ってきたら連絡するの一点張りで、結局3ヶ月より先のことは全然教えてくれなかった。
お盆明け、つまり留学直前に最後の記念にお別れデートを遊園地でする。嫌いじゃないのに別れる、そのための精算的なデート。
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