かたつむりの中身

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「喜一は大丈夫なんですか!?」 「薬は打ったから一晩寝れば当面は大丈夫だよ。それにしても遊園地ね。無茶をする」 「無茶……?」 「そう。安静にしないとだめなのに」 「喜一は難聴じゃないんですか?」 「難聴? ……聞いてないなら俺からは言えないや。守秘義務があるから。えっと、色川さんが起きたら直接聞いて」  主治医は少しだけ困惑げに私を見た。困惑? そうすると難聴じゃない?  違和感はあった。運ばれたのは大学病院で、倒れた状況を詳しく聞かれて、検査に随分時間をかけていたから。穏やかに眠る喜一は何も答えない。 「由花、起きて。朝だ」 「……喜一、大丈夫なの?」 「すっかりね。もう帰らないと」  けれどもその焦点は、世界がずれているように合っていなかった。 「喜一、まだ目が見えてないよね? 全然大丈夫じゃない」 「そのうち治るよ」 「嘘。良くなったことなんてない。本当はなんの病気なの」 「俺たちは昨日別れたんだ。だから帰れよ」 「本気で言ってるの?」  付き合い始めた時、それから一年の時より喜一は耳が随分悪くなっていた。付き合う間も喜一の聴覚は悪化の一途を辿っていた。その上、目にも異常があるなんて。けれども喜一は目が見えなくても全く動揺していない。そうすると元々ほとんど見えていないか、見えなくなる事を知ってるってこと。そういえば思い当たるところがある。それで、そんな状態で。 「留学も嘘でしょう? それで行けるはずがない」 「別れたんだ。早く帰って……本当に」  喜一を思わず抱きしめた。その表情はいつものため息みたいな微笑みじゃなかった。いつもと違って、初めて見る泣き出しそうな顔だったから。トントンと病室をノックする音がした。 「色川さん、回診だよ」 「先生、一回り後にしてくれませんか。今は彼女がいるから」 「この後もあるから今じゃないと」 「由花、もう診察だから」  診察は多岐に渡った。目は照らされたペンライトで明るさが僅かにわかる程度。耳は補聴器でなんとか。それから多分嗅覚と味覚は既にない。  聞いていれば、珍しい神経の病気で、じわじわと感覚を失っていくものらしい。 「悪化してるね。無茶するからだ」 「どうせ同じでしょう?」 「遅かれ早かれだけどね」 「それなら思い出が欲しかったから」 「それ、彼女さんに直接言ったらどうなんだ? 帰ったふりしてそこで聞いてるよ?」  喜一は困ったように微笑んだ。
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