ぼくの終戦と切断された筒状墓

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 雪嵐の突風が、耳元でつんざくように鳴っている。吹雪のほかには、もうなにも聞こえない。影響と影響の狭間を、雪の粒子ひとつひとつが戯れるようにと飛び交っている。  小さく息を吐いた。  途端、外気と混ざり合い、吐息は白くなって背景に消えた。  微かに火薬の匂いがする。  それはおそらく、まだ切断されて間もない断面からのものだろう。  目前――眼下。  そこに、誰のものでもない墓がある。  誰なのかさえ、区別のつかないままに葬られた者たちの墓がある。  筒状墓と呼ばれるこの墓は、火葬した遺体の骨を筒状の入れ物に入れ、大地に突き刺すことで簡易的な墓ということにしている。もちろん、公式なものではない。火葬された者がいったい誰であったのか、どこで生まれ、好きなジャンクフードは何で、どこで育ち、どんな友人を持ち、どんな人を好きになったのかさえ分からない者だけの特別なものだ。  その白骨が誰なのか、感覚的にでも理解できる者の墓はこうはならない。  つまり、大切にされていないのだ――無碍にされている。  だから、こんな墓に、僕以外の誰かが興味を持つだなんて、あり得ない話だと思っていた。  まして、墓ごと斬り落とされるだなんて、想像もしなかった。     : 「デボラ、アイスコーヒーを頼む」  天井に渡してあるレールのうえを滑るようにして、家庭用自動補助機、通称デボラがアイスコーヒーを運んでくる。二次元的には台形の氷が三つ入ったグラスを回しながら、僕は昨晩の監視ログを見直していた。  監視カメラは、ここ――元デルモ四番基地の至るところに隠してある。廊下から壁のつるにまで、どういったところで何が起きているか、常に監視できるようになっている。ここにはプライバシーの概念は存在しない。 「さて……」  僕はデスクトップを覗きこみ、昨晩に筒状墓の付近で撮影された映像を見直してみた。筒状墓のことを観察していたのは合計六台で、中央に筒状墓があるものはそのうち四つだ。しかしそのどれもが、吹雪のせいで何も映らなくなってしまっていた。 「……困ったな」 『どうしました?』  デボラが話しかける。デボラはマニピュレータを器用に操って部屋をほうきがけしながら、僕の回答を待つ。 「どうにもこうにも……筒状墓があるだろう?」 『先の大戦の戦友様のものですか』 「ブラッドリー、ユーゴ、マーク隊長、それから……第三大隊の連中だ。生き残ったのは俺と、臆病者のピグだけだった。」 『……その筒状墓がどうしたんです?』 「斬られてた」  静寂が僕らのあいだに、まるで長年使っていない家具に降り積もる埃みたいに降り注いだ。  デボラが黙るのは珍しいことだった。僕はしばらく待って、話を続けることにする。 「できれば、あの墓にあんなことをした馬鹿を捕まえたい。デボラ、手伝ってくれるか」 『私は常にご主人の味方です。ログデータを編集して解像度をあげましょう。他にもいろいろと手を尽くしてみようと思います』  デボラは言って、そのまま方向を変えると、彼の住処である第七実験室へと行ってしまった。僕はもう一度、デスクトップに向きなおって、先程見てきた筒状墓の写真を見直した。  筒状墓――あれは普通、竹などの植物が使用されることが多いのだけれど、あそこに使ってあるものは違う。金属製のJ‐2、すなわち大砲だった。大砲の筒部分をかっぱらって、あそこに筒状墓として置いたのだ。  もちろん、あの中には仲間の骨が山ほど入っている。けれど金品は入れていない。壊して中から取れるようなものはなにもないのだ。身に付けていたネックレスや指輪は遺族のところに返したし、衣服やヘルメットは筒状墓の前に並べている。中には本当になにもない。  ここでふたつの謎がすでに浮上している。  僕はアイスコーヒーのグラスを揺らして氷にコップのふちを周回させながら、どうしてだろう、と考える。  どうして。  どうして――あの墓を選んだのだろう。  僕は窓の外を見る。  吹雪になっていても理解できる。ここ、元デルモ四番基地は雪山の途中にある建造物なのだ。だから、普通に来ようとするとかなりの時間と労力がかかる。それに、滑落したり、雪崩に巻き込まれることで命を落とす可能性も十分にある。墓場を荒らす目的で、筒状墓の中に何か入っていると考えた盗賊が、わざわざこんな吹雪の日に盗掘しにやってきたというのは、少し考えにくい。  それに、筒状墓というものは、誰かも分からない複数の遺体を同時に一挙に埋葬するためのものだし、そのことはこの国にいる人間なら誰だって知っている。だとすれば、筒状墓の中にわざわざ盗掘するほどのものなど入っていないということくらい分かるはずだ。  ――盗掘ではない。だとしたら、どうしてだろう。今のところ、僕に考えられるのはふたつくらいしかない。  一つ。  何かしらの事故によって、筒状墓が破壊されてしまった場合。  パルスブレードの放射事故のせいで戦車が目の前で真っ二つになったところを、僕たちは軍学校時代に目撃している。ブラッドリーが大口を開けてユーゴが頭を抱えて、ピグが大声で叫んだ、あの光景は今でも鮮明に思い出せる。  けれどこの付近にパルスブレードを射出する装置があっただろうか?  しかしここはもともと軍事基地であるし――そのことを踏まえれば、パルスブレードの装置があってもおかしくはないのだ。それに、デボラがパルスブレードや、その他の兵器の暴発に気付かなかったとしても、さほど不思議なことはないのだ。  そして問題は、これが人為的なものであった場合。  誰かが故意に、意図的に筒状墓を破壊した場合だ。  破壊。  その動機はやはり、怨恨になるだろう。  僕はデスクのうえに置かれている写真を手に取った。写真のなかには、軍服を着た五人の男が並んでいる。右から、ブラッドリー。ユーゴ。マーク隊長。ピグ。僕の順だ。  僕たち――マーク隊長を除いた四人は、第二部隊と名付けられた、マーク隊長率いる第三大隊の仲間だった。この四人で戦場を駆けずり回り、まずいレーションを噛み砕き、冬の大地を行脚して、ときにはマーク隊長の無理な作戦に愚痴を言ったり、故郷の悪口や恋人の話なんかをして――それから、殺した。  大勢を殺した。  それが戦争だ。人を殺すことが許可される――否、義務になる。  それでいて、僕たちにしたって、無理やり殺さなくてはいけなかったわけではない。殺さないと殺されるから殺した、なんて言い訳をするつもりもない。 そこには確実に恨みがあった。 仲間の土地に爆弾を打ち込み、老人を殺し、子供を潰し、女を凌辱した敵について、たとえ今、引き金を引いた結果死ぬ人間がそんな行為をしていなかったとしても、その恨むべき人間の仲間である、というだけで、もう殺意の対象になった。  分かっているし、知っている。  自分は殺したくて殺した。  壊したくて壊した。  そこには熱意があった。  けれどどうだろう。戦争が終わって、こうして平和を手に入れて、今ではあのとき、敵としてみなしていた国のものであっても、音楽を聴いたり、本を読んだりして、楽しめる。平和になったと思う。  けれどそれは、やはり僕たちの国が戦争に勝利したことが由来している。  勝ったから、美談になった。  その他の、ありとあらゆる醜さが、すべて隠れてしまった。  僕の軍だってそうだ。少なくとも、僕の所属していた第三大隊ではそんなことはなかったそうだけれど――けれど、僕たち側の軍の人間だって、老人を殺し、子供を潰し、女を凌辱したはずだ。  殺され、奪われ、嬲られて。  そのうえで、戦争そのものにすら、負ける。  敗戦国の人間が、いまだに僕たちの軍に恨みを抱いていたとしても、何も不思議はない。  恨みゆえに、斬ったのか?  許さない、と。 『ご主人』  再び、デボラが天井のレールを滑ってやってきた。僕は振り返りながら、 「何か見つかった?」  と尋ねる。 『足跡を見つけました』 「……足跡?」  僕は首を傾げる。 「そんなもの、この吹雪じゃ残っていないだろう」 『しかしカメラにはきちんと映っています。足跡ができるということは、その部分だけ高さが下がるということ。つまり、その部分にだけ影ができる。そこを解析したんです。侵入者をシステムが感知しなかったのは、この人物の着用している白の服が吹雪と紛れてしまっていたからだと思います。』  デボラのマニピュレータがタブレットを持ってくる。僕は受け取って、そこに映されている写真を見た。連なるいくつかの写真の群れを、スライドして移動させていく。  確かに――そこには、足跡型の痕跡が見えた。そして、その先を歩く人の影の姿も。  その影は筒状墓に近付くと、長く平べったいものを腰から取り出した。長くて、鋭い――吹雪、それも暗闇のなかであっても、その存在が鮮明に認識できるほどの鋭利さを供えて、それは彼の手中にあった。  彼はゆっくりとその手を上げる。  そして、一瞬だけ、躊躇った。  しかし、次の瞬間には――筒状墓は、斜めに鋭く斬られてしまっていた。 『彼が犯人ということで間違いないでしょう』 「ああ、そうだな。しかし顔が分からないのではどうしようもない。背格好もこれじゃあよく分からないし、男なのか女なのか、それさえも判別できない。」 『はい。しかしご主人、より注目すべきはやはり足跡です』  デボラはタブレットを僕から取り上げると、画像を次々にスライドしていく。しかしそこからは、一向にその人物は登場しない。吹雪が映されているばかりだ。 「……デボラ。これはどういうこと?」 『足跡は筒状墓に向かうものしかありませんでした』  デボラは言う。 『帰ってくる足跡がなかったんです』 「……それは、吹雪のせいで映らなかったということが原因では?」 「私のカメラは非常に正確です。布や衣服によって守られたものでもない限り、判別の不可能なものはありません。足跡は常に露出する証拠です。この人物は、筒状墓から戻ってきていません」 「しかし、筒状墓の後ろは切り立った崖だ。筒状墓の位置から、このカメラに映らないように離れるためには、その崖を登らないといけない。崖の高さは目算でも三百メートルはある。一夜にして登り切れるような高さじゃない。それに、この人物の服装はどう見ても、登山用のものには見えない。崖を登っていったとは、考えにくい。」 『ではどのようにして、この人物は筒状墓の前から姿を消したのでしょう?』 「まだ付近にいる、とか?」 『空に消えていなくなったというよりは仮説として合理的ですが、しかしこの吹雪のなかで、そう何時間も筒状墓の近くにいることが可能でしょうか? また、その意味は?』 「その意味は――そうだな、例えば、待ち伏せという可能性はどうだろう?」  デボラがマニピュレータをふりふりと振る。 『どういうことでしょう?』  僕は椅子をぐるりと回して、目前の大型液晶に手をかざし、左上のデジタルファイルボックスから画像データを取り出し、その場に大きく展開した。画像データは昨年のものだった。 「この画像データは、去年の三月二日にクロークワーク紙の発行した新聞のアーカイブだ。」 『「怨恨殺人、戦争の爪痕」……ですか。仰々しい見出しですね』 「この記事、被害者ポール・カルトボールは先の大戦において狙撃手として活躍した人物だ。作戦において大いに貢献し、ブロンズメダルも授与されている。立派な兵士だ。彼を殺害したのは当時八十二歳だったモルネ・ヒッチハイク。女性。その地域では有名な薬草売りだった。彼女はポールが通勤先の学校から帰ってきたところを、持っていた薬草を切るためのカマで、背後から刺した。遺体には三十八か所の刺し傷。致命傷は脇腹への一撃で、心臓の近く、大動脈を少しだけ削った。鑑識によると、遺体の中身は血まみれだったそうだ」 『どういうことです?』 「戦争は終わっていない、ってことだよ。モルネは息子ふたりと夫を大戦で亡くしてる。だから僕らの軍に対して、強い恨みがあったんだ。たとえ戦争が終わって、戦う必要がなくなっても、怨恨だけは残り続けた。」  許さなかった。  許せなかった。 「筒状墓を破壊したのはおそらく、そんな軍の兵士が弔われている場所だからじゃないかな。だから破壊した。盗掘目的でも事故でもなく、ただ、破壊そのもののため。それに、この人物は筒状墓の付近が監視カメラで見られていることを知っていた。だからこそ――破壊したんだ。僕を待ち伏せるために。」  デボラは『なるほど』と短く言った。 『しかしご主人。あなたはさきほど、すでに筒状墓の様子を見るために外に出かけられたでしょう。待ち伏せをしていたなら、あなたはそこですでに殺されているはずです。』 「そうだな……吹雪のせいで僕の顔が分からなかった、というのはどうだろう? 犯人がもし戦争が由来の怨恨が動機なら、僕にしか殺意はないはずだ」 『しかしご主人は一人暮らしです。さすがにそれくらいは、犯人だって知っているでしょう』 「それじゃあ……そうだな、いざというときになって、足がすくんで動けなくなってしまった、とか」 『確かにそれでも筋は通りますが、そんな臆病な人はこんな吹雪の日にここには来ないでしょう』 「まあ、それは……そうだな」  デボラはマニピュレータをくるくると回して関節部を微調整してから続ける。 『一晩待ってみるのはどうでしょう? どうせ今のままではこちらからできることはありませんし、晴れてから捜索するのでも無問題なはずです。それに、こちらには十分な武装があります。仮に犯人が剣を装備していたとしても、それが脅威になり得るとは思えません。』 「……まあ、その通りかな。よしデボラ、今日の業務はここまでにして、少し休もうか」 『おやすみなさい、ご主人』 「ああ、お休み」  言って、数秒後に、基地内の明かりが最小限にまで落とされる。  僕は椅子を倒して平らにし、ゆっくりと目を閉じる。  夢を見た。  そこは、昨年の夏――第二次カルバ沖戦争だ。僕たちは海上から戦地へ上陸を試みている。荒れ狂う波を、Fey‐2という水陸両用の運搬車が駆け抜けていく。僕らはそこでしゃがみこみ、頭上を飛び交う弾丸を眺めている。 「これで最後だな」  ブラッドリーが言う。その台詞で、僕はその日の前日、マーク隊長が言った言葉を思い出す。この戦いを乗り切ることができれば、戦争は一気に勝利へと進む。そしてこの戦いを乗り切れば、僕たちの大隊は後方に控えている戦車部隊と交代になり、その後は補助の戦闘――捕虜の尋問や市民の避難誘導といった業務に移る。  つまり、この戦いで勝てば、僕たちは生きて故郷の地を踏める確率が高くなる。 「帰ったら何するか決めてる?」  と、ユーゴがピグと肩を組みながら言う。  ブラッドリーは笑って、 「俺はまずエジプトに旅行に行くね」 「へえ、ブラッドリーは旅行か……そうだな、旅行もいいかもしれない。少なくとも私は実家に帰って宿屋を継ぐ準備をしなくちゃだけど。ピグはどうするんだ?」  背の小さなピグがぼそぼそと、 「ぼくは宇宙船クルード・シリーズの続きが読みたい」 「クルード・シリーズ!」僕は言う。「懐かしいな」  すると、笑っているブラッドリーの肩を、マーク隊長が叩く。 「お喋りはおしまいだ。もうすぐ上陸だ。――今回の戦闘で重要なのは、防壁を如何に早くぶっ壊すかだ。防壁破壊用の爆弾はピグ、お前が持っていけ。小柄なお前なら銃弾を避けて真っ先に防壁に行けるだろう。」 「大役だな、ピグ。お前にできんのか?」  ブラッドリーが笑う。  ピグは言う。 「……やってやる。」  けれどその台詞は、のちに嘘になった。  ブラッドリー。  ユーゴ。  マーク隊長。  それから、第三大隊のイカれた連中。  繰り返すけれど、生き残ったのは僕と臆病者のピグだけだった。  戦闘には勝ったが、作戦は失敗した。    :  目が覚めたとき、僕よりも先に起きていたデボラが、朝食を作ってくれていた。内容はベーコンエッグにチーズトースト。トマトのサラダに、それからやっぱりアイスコーヒー。 『おはようございます、ご主人』 「……ああ、おはよう」 『昨夜はずいぶんとうなされていました。いったいどうしたんです?』  僕は窓の外、晴れた外界と白雪に射す太陽の光を同時に見た。 「昔の夢を見たんだ」 『戦時中の、ですか?』 「そう」  僕はあの日のことを思い出す。 「ピグが走っていって、防壁に爆弾を取り付ける手筈だった。それを後方の俺たちが援助射撃で守る。相手側も歩兵だったから、その作戦で十分だったはずだった。身を隠すための障害物もあったし、誰もが快勝を確信していた。」  けれど。 「けれど、ピグが――途中から、動かなくなってしまった。」  あのときの光景は、今でも思い出せる。  異常なほどの汗をかいて、青ざめたピグ。  ――なにやってる!  ブラッドリーが叫んで、飛び出した。  瞬間、彼の身体は穴だらけになった。  ユーゴが叫んだ。  ――ピグ、動け!  ピグは沈黙したままだった。  まもなくして、敵の重機関銃部隊が到着した。  マーク隊長は僕たちに、一時撤退の命令を出した。  それがまずかった。  後方から、僕たちをずっと追っていた潜水艦の部隊が迫っていた。  簡潔に言えば、挟み撃ちにあったのだ。  僕は右腕と左足を失った。動けなくなっているところに、奇跡的に仲間の死体が重なって、僕を守る障壁になった。  その後のことは、あとから遅れて到着予定だった第二大隊から間接的に聴いた話しか分からない。  ピグが防壁に取り付けた爆弾がようやく爆発し、防壁が開いた。  あとから知った話だが、彼が動けなくなったのは、PTSDが原因だった。  その土地は、彼の両親の溺死死体が流れ着いた浜によく似ていた。 「犯人がわかったよ、デボラ」 『……はい?』  デボラはマニピュレータで、意味が分からない、といったような仕草をする。 「大丈夫、すぐに分かるよ」  晴れた雪山は、透き通るような不透明さを輝かせている。  僕と、デボラと繋がっているカメラは、筒状墓の前にまで来ていた。 「この事件の不可解な点は三つある。ひとつは、どうしてこの筒状墓を破壊しなければならなかったのか、その動機の部分。ふたつめは、どうしてこんな吹雪の日に実行しなければならなかったのか、という部分。それからみっつめは、筒状墓に向かうまでの足跡が、片道のものしか残されていなかったということ。」  僕は切り落とされた筒状墓の中を見る。  やはり、火薬の匂いがした。  それから、そこにはやはり――衣服の断片も混じっていた。 「最初から単純な話だった。犯人はピグ。ピグ・マクレーンだ」 『はあ……戦友の。しかしピグさんはどこにいるんです?』  僕は筒状墓を叩く。 「このなかだ」 『はい?』 「自殺だよ。焼身自殺だ。」  ――焼身自殺。  あるいは、火葬、と言い換えてもよかった。 「筒状墓を破壊したのは、筒の中に入るため。火薬の匂いがしたのは、ピグが燃えたからだ。自殺したんだから、足跡は片道だけ」 『しかし、この吹雪の日である必要がありますか?』 「物が燃えると、煙が出るだろ。吹雪の日なら、煙は弾き飛ばされる。この筒状墓は竹ではなくて兵器を再利用したものだから、筒状墓そのものも燃えることはない。」  破壊。  その根源はやはり――怨恨。  許せなかったのだ。  許さなかったのだ。  自分を。  臆病な、自分自身を。  だから、壊した。  破壊した。  焼却した。 「この日でなければいけない理由は、ただひとつだ。それは彼の戦争を終わらせるためで、この日じゃないといけなかったんだ」  僕が言った、そのすぐあとに、麓のほうから、サイレンが響いた。 『――終戦記念日。』  戦争が終わって、一年が経つ。  けれどピグの戦争は、そのあともずっと続いたのだろう。  つまりケリをつけたのだ。  終わらせたのだ。  けれどピグ、君を責められる人間なんていないよ。誰もが怖かったし、あれは仕方のないことだった。  サイレンは遠くかなたまで鳴り響く。  斬られてかえって鋭利になった筒状墓は、太陽を刺すように鋭く屹立している。
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