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「西村くん」
私から彼に話しかけたのは、それが初めてだったはずだ。
朝の下駄箱。振り向いた西村くんは、ちょっと驚いた顔をしていた。
気にせず、「おはよう」と挨拶をする。にっこり、とびっきりの笑顔をつけるのも忘れずに。
一拍置いてから、西村くんも笑って、同じ言葉を返した。
今日も寒いね、だとか他愛ない会話を交わしながら、彼と教室まで歩く。
ひーちゃんはすでに登校していて、一緒に教室に入ってきた私たちにすぐに気がついたみたいだった。彼女が不思議そうにこちらを見ているのがわかったけれど、私は気がつかない振りをして、西村くんと会話を続けた。
それは、驚くほどうまくいった。
北城さんが好きなのだと、西村くんが告げたのは、その日から一ヶ月と経たない日の放課後。
緊張した面持ちではあったけれど、彼の表情にはどこか自信が含まれていた。この告白がうまくいくことを、確信しているような表情だった。
だけど彼の自信の根拠はわかっているから、私はなにも思わなかった。その自信を作ったのは私だ。これまでろくに関わりもなかったのに、急に、ことあるごとに話しかけ、笑いかけ、彼を目で追うようにすれば、あちらも意識し始めるまで、そう時間は掛からなかった。
一週間後には、わかりやすく、目が合う頻度が増えた。そのたび照れた振りをして目を逸らしたり、最近では笑顔を向けてみたり、そんなことを繰り返しているうちに、彼は確信したのだろう。
目の前の西村くんの顔を見つめる。真剣な表情で、彼もこちらを見ている。
「……うん」
目を伏せ、はにかむように頷く。
ふいに、瞼の裏にひーちゃんの顔が浮かんだ。彼女は泣くだろうか。頭の隅でそんなことを思いながら、顔を上げる。にこりと笑って、答えを返した。
「私も、西村くんが好き」
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