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その視線に気づいたのは、年に一度ある球技大会のとき。
自分たちの試合が終わったあとはとくにすることがなくて、私はひーちゃんと一緒に、自分たちのクラスの他の試合を観ていた。
そのときにあっていたのは、男子のバスケットの試合。クラスでもとくにかっこいいと評判の男子が一人出ていたので、やたらギャラリーが増えていた。
その男子がシュートを決めるたび、耳に痛いほどの歓声が上がる。そんな中、ひーちゃんが熱心に追っているのは、女子たちの視線をごっそりかっさらっている彼ではなかった。
私はそっと、ひーちゃんの視線を先を辿ってみる。
いたのは、とくに活躍もできていない一人のクラスメイト。
自分が活躍するより、仲間にパスを回すことに徹しているらしい彼を眺めていてもあまり面白くないだろうに、ひーちゃんは飽きる様子もなく視線を送っている。
それに気づいたとき、私は、ショックを受けるより先に、妙に納得した。
ひーちゃんが見ている彼は、人目を引く容姿でもなければ、成績も平凡だし、今の姿を見る限り運動も得意ではなさそうだ。だけど気配りができて、穏やかな、大人びた雰囲気を持っている人で、密かに女の子からの人気は高そうだと、見るたび思っていた。
そして、ひーちゃんの好きそうな人だとも。
きっとひーちゃんは気づいていないのだろう。自分が彼に恋をしていることも、今こうして彼を目で追っているのも、きっと無意識なのだ。
だって気づいていたなら、ひーちゃんは私に教えてくれるはずだから。それだけは絶対的な自信があった。好きな人ができたとき、ひーちゃんは真っ先に私に教えてくれる。他の皆には内緒にしても、私には、私にだけは、絶対に言ってくれると。
そう考えたとき、私は本人より先にひーちゃんの恋に気づいてしまったのだと気づいて、思わず苦笑した。そんなにもひーちゃんのことを見ていたのか。
思えば、ひーちゃんと彼が話している姿は教室でも何度か見かけたけれど、そのときのひーちゃんは、他の男子と話しているときとは明らかに雰囲気が違った。とても、楽しそうだった。今の、彼を眺めるひーちゃんの横顔も、どう見たって恋する乙女のそれだ。
ああ、そうだったのか、と、私は不思議なほど冷静な頭の片隅で考えていた。
コートの中の彼へ目をやる。回ってきたボールを、すぐにまた別のチームメイトへパス。決して目立つことはないけれど、確実に仕事はこなしている。
そっとひーちゃんの横顔を窺えば、やはり見ているのは、コートの中を軽やかに駆け回る男子ではなくて、彼一人だった。それを確認して、私はまた、視線をコートに戻した。
胸の中は奇妙に静かで、冷たかった。
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