第5話

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第5話

 夫に事実を告げるにあたり、佳織は事前にいくつかのシミュレーションをしていた。  ──「他に好きな人ができたの」  自分がそう伝えたとき、彼はどのような反応を示すのか。  ふつうに考えれば、まずは「驚き」と「困惑」──そのあと「怒り」がこみあげてくるだろう。彼の性格上、どんなに腹を立てても「手をあげる」ようなことはないだろうが「罵倒される」くらいは、覚悟しておいたほうがいいかもしれない。  あるいは「怒り」よりも「悲しみ」にくれるかもしれない。なにせ心根の優しい人だ。「何がダメだったんだろう」と、佳織よりも自分自身を責めることも十分考えられた。  けれど──現実は、少なくとも今の時点ではそのどれもが「はずれ」だった。  まず、幸喜は振り返らなかった。  缶ビールを手に、ずっとテレビに目を向けたままだったから、佳織は「もしかして聞こえなかったのだろうか」と疑いを抱いたくらいだ。  やがて、夫は床に手をのばすように背中を丸めた。  なにか落ちていたのだろうか、と佳織が背後から覗き込もうとしたところで、ようやく彼はくるりと振り向いた。 「『好きな人』って、この子のこと?」  心臓が、止まるかと思った。  夫が手にしていたのは、間違いなく、佳織の机のなかに入っていた「例の画像」と同じものだった。
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