第1話

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 災難は立て続けに起こるものらしい。  まず、昨夜セットを忘れたせいで、アラームが鳴らずに寝坊した。洗濯物をベランダに干した15分後、ゲリラ豪雨に見舞われ、ほとんどの衣服を洗いなおすはめになった。  昼食のときはそうめんの汁と麦茶を間違え、食後のお楽しみにしていた水出しコーヒーは、ボトルごと倒してすべて台無しにしてしまった。 (ああ、ついていない)  けれども、一番の厄災は出勤後に訪れた。 「……サクラ」  講師用の出入口で、古川亨が待っていた。 「あの……サクラ……」 「……」 「……先生、あのさ……」 「どうしたの、こんなところで」  正しく呼ばれたので、返答する。けれども、亨は「あのさ」を繰り返すばかりで、なかなか続きを言おうとしない。  少し身構えつつも待っていると、彼の目線がちらりと動いた。 (ああ……)  彼が見たのは、佳織の左手だ。  それも、おそらくは薬指── 「この手がどうかしたの?」 「!」 「さっきからジッと見ているよね?」  わざと指輪を見せつけるように、左手を挙げる。  亨の口元が、何かを堪えるかのように大きく歪んだ。 「それ、偽物だよな?」 「……どういう意味?」 「偽物だ……偽物に決まってる! 独身だってバレるとへんなヤツに言い寄られるから、わざと指輪つけたりするって姉ちゃんが言ってた!」 「あいにく、これは本物です」 「……っ、けど……」 「先生には素敵な旦那さんがいます」  だから、君みたいな生徒は迷惑──そう続けようとしたときだった。 「ふざけんなよ!」  遠くから響いた怒鳴り声が、佳織の言葉をさえぎった。 「誤魔化すんじゃねぇ、こっちは何度も夢で見てんだよ! 前世で俺らのことさんざんコケにしやがって……!」 「知らない……そんなの知らない……!」 「お前が知らなくてもこっちは知ってんだよ!」  ドスンッと派手な音が、玄関にまで届く。 「嫌だ……やめて……やめて……っ」 「黙れ、クソが!」 「前世で、お前が俺らにしたことだろうが!」  「退いて」と亨を押しやると、佳織は声のするほうへ駆け出した。  案の定、複数の生徒たちがひとりの男子生徒を袋だたきにしていた。 「やめなさい、あなたたち! なにしてるの!」 「うっせぇ、すっこんでろ、ババア!」 「ババアじゃないでしょ! 早くやめ……」  ゴッ……と鈍い音がした。男子生徒の肘が、こめかみに直撃したせいだ。  視界が大きく揺れて、足元がフラついた。  佳織は、そのまま意識を失った。
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