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第1話
23時をまわっているにも関わらず、車内はずいぶん混雑している。
それでもなんとか車両の中ほどまで進むと、佳織は空いていたつり革に手を延ばした。
ひどく疲れていた。心も身体もだ。だが、それは思いがけず手間取った採点作業のせいではない。
(なんだったんだろう、あの子)
いきなり現れ、抱きついてきた少年。
あのあと、驚きのあまり突き飛ばして逃げたものの、ひとりの大人として、もっと毅然と振る舞うべきだっただろうか。
答えを見つけられずため息をつくと、隣の女の子たちの会話が耳に入った。年の頃はハタチ前後──大学生だろうか。
「どうしよう、お母さん『心療内科に行け』って」
「は? なにそれ、べつに病気とかじゃないじゃん」
「そうだけど、信じてないんだよ、うちの両親」
「でた! ほんと謎すぎ! 自分らが前世の夢をみられないからってさ」
前世、というワードに佳織は唇を引き結んだ。
できれば今はあまり聞きたくない言葉だ。
せっかく振り払おうとしていた光景が、嫌でも脳裏によみがえる。
──「やっと会えた──サクラ!」
あの「サクラ」は、おそらく人名なのだろう。苗字なら「佐倉」、名前なら「桜」といったところか。
だが、あいにく彼女はそのような名前ではない。
真田佳織──旧姓は「能登」。つまり、ふつうに考えればただの人違いであるはずなのだ。
それなのに、そう結論づけられない理由がある。
職業柄、10代の子どもたちと多く接する佳織だからこその悩み。
スマホを手に取ると、ニュースサイトのタイトルが目に飛び込んできた。
──「病気か、社会現象か、人類の進化か。増えつづける『Uー18症候群』」
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