第1話

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 玄関をくぐると、リビングからニュースキャスターの声が聞こえてきた。夫の(こう)()が、ビールを片手にテレビを観ているのだろう。 ──『つまり、これからは「人類」が変わっていく時代だと?』 ──『そうです。自分の過去世……いわゆる「前世」を夢でみるというのは、その変化のひとつに過ぎません』 ──『そのため、教授はこうした現象を「Uー18症候群」とひとまとめにするべきではないとおっしゃるのですね?』 ──『そうです。これからの……いわば次世代の子どもたちは、もっと違う能力をすでに開花している可能性があります。ですから、過去世(かこぜ)を観る能力は「過去世症候群」とするべきであり、他のケースについても研究を……』  ただいま、と声をかけると、(こう)()はくたびれた部屋着姿で振り返った。 「おかえり。夕飯、温めようか?」 「いいよ、自分でやる」  部屋着に着替え、髪をまとめていたバレッタを外す。緊張しっぱなしだった身体がゆるんだところで、キッチンに足を踏み入れた。  冷蔵庫からおひたしときんぴらごぼうを取り出し、メンチカツを温める。鍋のなかにある汁物は、佳織の好きなかき玉汁だ。  ひととおりの用意を済ませると、それらをトレイに乗せてリビングに向かった。朝食と昼食はダイニングのテーブルで、夕食はリビングのテーブルで食べるのが佳織の習慣だ。 「もしかして、何かトラブルでもあった?」 「え……?」 「いつもより疲れた顔してる」  幸喜は、ほどいたばかりの佳織の髪をくしゃりと掻きまぜた。 「まあ、それなりに」 「生徒と?」 「うん。でも大したことないから」 「そう……」  夫は、それ以上聞くことなく再びテレビ画面に目を向けた。彼女の話に興味がないわけではなく、話したがっていないことを察してくれたのだろう。  彼の、こうした距離の取り方を、佳織は昔から好ましく思っていた。  そう、夫なら、あんなことはしない。  あんな、いきなり抱きついてくるようなこと──  脳裏に浮かんだ光景を、佳織は頭から追い出した。  かき玉汁はやさしい味がして、疲れた心を癒してくれるようだった。
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