第4話

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 達也の意見が正しかったと認めるのに、そう時間はかからなかった。  最初の数日こそ、教室で遠巻きに含み笑いされたり、コソコソと耳打ちされたりしたものの、亨がなんの反応も示さなかったため、皆、次第に興味を失っていったらしい。  佳織が、亨たちの学年を担当していないことも幸いした。ふたりが同じ空間に身を置くことがないため、下世話な視線を向ける機会がなかったのだ。  加えて、亨は同学年の男子生徒たちと比べると体格がいい。背が高く、肩幅もそれなりにあるので、陰であれこれ言われることはあっても、面と向かって彼に突っかかっていく者はほとんどいない。  結局、くだらない噂は一週間も経たずに収束した。とはいえ、それはあくまで下世話な連中にとってだ。  当事者である亨のなかでは、なにひとつ終わっていやしない。  まず、あの写真を撮り、流出させた人物が判明していない。「拾い画」としてアップした者についてはわかっているが、その彼がどこから拾ってきたのかは、達也ですら探ることができないでいる。 「やっぱり撮影者を見つけ出したいんだよな。どういうつもりであの写真を撮って、ネット上にアップしたのか、聞いておきたいっつーか」  自室のベッドに寄りかかりながら、達也はスマートフォンをサクサクと操作する。数日前から、塾生のSNSを片っ端から覗いているらしい。 「こいつとか……このあたりのヤツとか怪しいとは思うんだけどよ。いまいち決め手がないんだよなぁ」  そんな親友のボヤきを、亨は歯がゆい思いで聞いていた。できることなら自分も手伝いたかったが、こうした作業が苦手な上に、下手すれば達也の足を引っ張りかねないので「何もするな」と釘を刺されていたのだ。 「もし、このまま見つからなかったらどうなるの?」 「さあな。そいつが興味をなくしているなら、このままフェイドアウトするかもしれねーけど……」 「なくしてなかったら?」 「もっと大勢のヤツらが目にするところに写真をあげるかもな。そのほうが注目されるだろうし」  その発想が、亨にはどうしても理解できない。  匿名で他人の秘密を(ばく)()することの、いったい何が楽しいのだろう。百歩譲って、その人物が「自分がやった」と名乗り出るならまだわかる。「こんな秘密を突き止めたなんてすごい」とチヤホヤされるかもしれないからだ。  けれど、撮影した人間は未だ不明のまま。それでは、写真をあげなおしたところで、注目されるのは亨と佳織だけではないか。 「まあ、世の中にはいろんなヤツがいるから」 「いろんなヤツって?」 「それは──『いろんなヤツ』だよ」  返事が適当なのは、おそらく作業に集中したいからだろう。  仕方なく、亨は口をつぐんだ。立てた膝に顎を埋めながら、今朝見た夢をぼんやり思い返す。 (へんな夢だったな……今日の)  その夢とは、塾の講師室の窓から「サクラ」が飛び降りるというものだ。  真っ白なワンピースを身につけ、おなじみの歌を口ずさみながら、彼女はひらりと窓の向こうに身を躍らせた。あっという間だった。夢のなかの自分は「先生!」と叫んでいたような気がするけれど、あの女性はどちらかというと「サクラ」だ。浜辺を歩いているほうがしっくりくる。  塾の講師室と「サクラ」──つまりは「現世」と「前世」がごちゃごちゃになった夢。 (なんだったんだろう、あれ)  なぜ、自分はあんな夢を見てしまったのだろう。  いつもなら真っ先に達也に打ち明けるはずなのに、今回はなんとなく口にできずにいた。もしかしたら、彼の見解を聞きたくなかったのかもしれない。  だって──不吉な指摘を受けるかもしれないから。  写真の撮影者が判明したのは、その3日後のことだった。
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