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達也の意見が正しかったと認めるのに、そう時間はかからなかった。
最初の数日こそ、教室で遠巻きに含み笑いされたり、コソコソと耳打ちされたりしたものの、亨がなんの反応も示さなかったため、皆、次第に興味を失っていったらしい。
佳織が、亨たちの学年を担当していないことも幸いした。ふたりが同じ空間に身を置くことがないため、下世話な視線を向ける機会がなかったのだ。
加えて、亨は同学年の男子生徒たちと比べると体格がいい。背が高く、肩幅もそれなりにあるので、陰であれこれ言われることはあっても、面と向かって彼に突っかかっていく者はほとんどいない。
結局、くだらない噂は一週間も経たずに収束した。とはいえ、それはあくまで下世話な連中にとってだ。
当事者である亨のなかでは、なにひとつ終わっていやしない。
まず、あの写真を撮り、流出させた人物が判明していない。「拾い画」としてアップした者についてはわかっているが、その彼がどこから拾ってきたのかは、達也ですら探ることができないでいる。
「やっぱり撮影者を見つけ出したいんだよな。どういうつもりであの写真を撮って、ネット上にアップしたのか、聞いておきたいっつーか」
自室のベッドに寄りかかりながら、達也はスマートフォンをサクサクと操作する。数日前から、塾生のSNSを片っ端から覗いているらしい。
「こいつとか……このあたりのヤツとか怪しいとは思うんだけどよ。いまいち決め手がないんだよなぁ」
そんな親友のボヤきを、亨は歯がゆい思いで聞いていた。できることなら自分も手伝いたかったが、こうした作業が苦手な上に、下手すれば達也の足を引っ張りかねないので「何もするな」と釘を刺されていたのだ。
「もし、このまま見つからなかったらどうなるの?」
「さあな。そいつが興味をなくしているなら、このままフェイドアウトするかもしれねーけど……」
「なくしてなかったら?」
「もっと大勢のヤツらが目にするところに写真をあげるかもな。そのほうが注目されるだろうし」
その発想が、亨にはどうしても理解できない。
匿名で他人の秘密を暴露することの、いったい何が楽しいのだろう。百歩譲って、その人物が「自分がやった」と名乗り出るならまだわかる。「こんな秘密を突き止めたなんてすごい」とチヤホヤされるかもしれないからだ。
けれど、撮影した人間は未だ不明のまま。それでは、写真をあげなおしたところで、注目されるのは亨と佳織だけではないか。
「まあ、世の中にはいろんなヤツがいるから」
「いろんなヤツって?」
「それは──『いろんなヤツ』だよ」
返事が適当なのは、おそらく作業に集中したいからだろう。
仕方なく、亨は口をつぐんだ。立てた膝に顎を埋めながら、今朝見た夢をぼんやり思い返す。
(へんな夢だったな……今日の)
その夢とは、塾の講師室の窓から「サクラ」が飛び降りるというものだ。
真っ白なワンピースを身につけ、おなじみの歌を口ずさみながら、彼女はひらりと窓の向こうに身を躍らせた。あっという間だった。夢のなかの自分は「先生!」と叫んでいたような気がするけれど、あの女性はどちらかというと「サクラ」だ。浜辺を歩いているほうがしっくりくる。
塾の講師室と「サクラ」──つまりは「現世」と「前世」がごちゃごちゃになった夢。
(なんだったんだろう、あれ)
なぜ、自分はあんな夢を見てしまったのだろう。
いつもなら真っ先に達也に打ち明けるはずなのに、今回はなんとなく口にできずにいた。もしかしたら、彼の見解を聞きたくなかったのかもしれない。
だって──不吉な指摘を受けるかもしれないから。
写真の撮影者が判明したのは、その3日後のことだった。
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