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この日最初の講義を終え、佳織は講義室に戻ってきた。
次の講義はおよそ1時間後。それまでに、いくつか確認しておきたいことがある。
なのに、講義室はいつになくざわついていた。何かあったのだろうか、と足を止めた佳織が目にしたのは、男性講師と揉めている亨の後ろ姿だった。
「それをよこしなさい!」
「嫌だ!」
「それは、真田先生の机に入っていたものだろう!」
いきなり飛び出た自分の名前に、佳織は身体を強ばらせた。
自分の机がどうしたのか、それがなぜ揉め事の原因になっているのか。理解できずに立ち尽くしていると、若い女性講師に「先生」と腕を引かれた。
「よかった、来てくれて」
「何があったの?」
「古川くんが、いきなり講師室に入ってきて、先生の机の引き出しを開けたんです。それで、あのクリアファイルを持ち去ろうとして」
女性講師が示した先では、亨が何かを抱きしめたまま、背中を丸めて抵抗している。
あの抱きしめているものが「クリアファイル」なのだろうか。けれど、そのようなものを自席の引き出しに入れた覚えはない。
そこまで考えたところで、佳織はハッと息をのんだ。
数週間前、誰かが佳織の机のなかに入れた「例の写真」──あれも、たしかクリアファイルに挟んでいたはずだ。
「すみません、通してください!」
遠巻きに様子をうかがっていた他の講師たちを押し退けて、佳織は揉めているふたりの前に立った。
「真田先生」
男性講師が、ホッとしたように顔をあげた。
「ちょうどよかった! 古川が、先生の机から勝手に──」
「事情はうかがいました。いったん、彼とふたりだけで話をさせてもらえませんか」
自分の推察が正しければ、亨は絶対にクリアファイルを手放さないはずだ。
「それは──構いませんが」
「ありがとうございます。行こう、古川くん」
佳織は、講師室の隅にある応接スペースに向かおうとした。あそこならパーテーションで仕切られているので、クリアファイルの中身も確認できるだろう。
けれど、亨は立ちあがるなり、驚くような力で佳織の左手首を捕まえた。
「古川くん!?」
とがめるように名前を呼んでも、亨は振り向こうとしない。ただ佳織の手首を引いたまま、講義室を飛び出した。
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