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講師室に入るなり、佳織は乱暴に椅子を引いた。年配の男性講師が、驚いたように顔をあげた。
「どうしました、真田先生」
「すみません。最近へんな子につきまとわれていて」
「誰です?」
「名前は聞いてなくて……ただ、どうもUー18症候群の子みたいで」
隣の女性講師が「あっ」と声をあげた。
「もしかして、最近よく先生と一緒にいる子ですか? 背が高くて短髪で、目鼻立ちがはっきりした……」
「たぶん、その子です」
「やっぱり。古川くんですね、古川亨」
(古川……亨?)
その名前に、なぜか違和感を覚えた。彼に合わない、あるいは他にもっとしっくりくる名前があるような……
「そっか、古川くんもUー18症候群だったんですね。まいったなぁ」
彼女がため息をついたのにはわけがある。つい先日、T大法学部を目指していたUー18症候群の生徒が、いきなり「塾を辞める」と言いだしたのだ。理由は「美大を受験することにしたから」。ところが、保護者はそのことを把握しておらず、塾を巻き込んでのトラブルとなった。
「3年の途中でいきなり美大に行きたいなんて、親御さんとしては頭を抱えたくもなるよなぁ」
「本気で目指している子たちは、もっと早くから準備しているって言いますしね」
「しかも、美大に行きたい理由が『前世で陶芸家だったから』って……俺みたいなおじさんには理解できないよ」
「先生に限らず、たいていの大人はそうですよ。私にだって理解できません」
ふたりの会話に、佳織もうなずいた。バカげたオカルト話で人生を棒に振るなんて、本当にどうかしている。
「で、その古川くんとやらはどこ志望なの?」
「第一志望はW大ですね。しかも今のところ合格圏内」
「だったら、なおさら進路変更は勘弁してほしいよねぇ」
「そうですよ。偏差値70もあったのに、馬鹿げた夢のせいで美大を受験するとか、そんなのもうお腹いっぱいですよ〜」
同僚たちの愚痴を聞きながら、佳織は十数分前のことを思い出す。
自分より大きな体躯、濁りのない眼差し、初めて目にした眉間のしわ──
(古川、亨)
ダメだ、やはりピンとこない。
では、なぜ違和感があるのかと問われても、今の佳織には答えられないのだけれど。
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