第1話

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「先生、おつかれー」  例の少年──古川(ふるかわ)(とおる)が再び佳織の前に現れたのは、その日の終業後のことだった。 「古川くん……」  思わず洩らすと、彼は「えっ」と目を丸くした。 「どうして俺の名前知ってんの?」 「田中先生が教えてくれたから」 「そうなんだ?」  嬉しい、と笑う顔に邪気はない。幼さの残る、実に高校生らしいものだ。 「あ、ちなみに、俺の前世の名前は……」 「そういうのはいいから。早く帰りなさい」  時刻は、すでに22時を過ぎている。高校生がウロウロするのを許される時間帯ではない。 「あ、待って。今日は先生に紹介したいやつがいてさ」  おーい、と彼が声をかけたのは、ガードレールに腰かけていた少年だった。 「こいつ、(たつ)()! 前世の名前はカゲロー……」 「その名前バラすな。好きじゃねーって言ってんだろ」  (たつ)()と呼ばれた少年は、容赦なく亨の尻を蹴り上げた。 「痛っ……て! 暴力反対!」 「お前がよけいなことを言うからだろうが」  それから佳織に目を向けると、申し訳程度に「どうも」と頭を下げた。 「こんばんは。2年生?」 「まあ……そうっすね」 「達也、先生のことよく見て!」  亨は、ねだるように達也の腕を揺すった。 「な、な? 絶対に『サクラ』だろ?」 「まあ──そうかもな」 「かもじゃない! 絶対にそう!」 「うるせぇ、耳元で騒ぐな!」  二度目の蹴りを入れられて、亨は「ぎゃんっ」と悲鳴をあげた。  こうして見ている分には、ふたりともごくふつうの男子高校生だ。ただ、達也と呼ばれた少年も、前世の話を当たり前のように受け入れていた。ということは、彼もまたUー18症候群なのだろう。 「つーか、もう帰ろうぜ。先生も困ってんだろ」 「えっ、やだやだ、もっとサクラと話がしたい!」 「10時過ぎてんじゃん、母ちゃんに怒られるっての。それに……」  達也の目が、ちらりと佳織の左手に向けられた。 「先生だって、旦那さんや子どもが待ってんだろ」 「えっ……」 「薬指。指輪してんじゃん」  聡い子だ。彼の指摘を肯定するように、佳織は左手をあげて見せた。 「うそ……なんで?」  亨は、呆然としたように指輪を見た。 「ほんとに? サクラ、ほんとに結婚してんの?」 「していてもおかしくないだろ。先生、大人なんだし」 「やだやだ、なんで? 誰と? 俺の知ってるやつ?」 「じゃあ、先生、俺ら帰るんで……」  達也は、亨の腕を引いて去ろうとする。けれども、彼は叫ぶのをやめようとしない。 「なんで? 俺と出会えなかったから?」  まっすぐな、心を射貫くような目。 「答えてよ、サクラ! 俺が生まれてくるのが遅かったせい!?」 「おい、いい加減に……」 「俺に会えなくてさみしかったの!? 辛かったの!? だからサクラは結婚しちゃったの!?」
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